「あ の空、そして、ここ」    すずき     2008.5


:登場人物:

三津川大輔(みつかわ・だいすけ)
      不運としか言いようの無い事件と事故に巻き込まれる。杓子定規な一面がある。

平坂泉彌 (ひらさか・いずみ)   
正体は老人。外見を若作りしている。若者の文化をいろいろ間違えている。
ドアの向こうとこっちを行き来した唯一の人。

平坂黄壱 (ひらさか・きいち)
      泉彌の孫。家から勘当されていて基本ろくでなし。恋人にぞっこん。

葦原国彦 (あしはら・くにひこ)
      正体は子供。父親を尊敬しており、金持ち風の外見と言葉遣い。基本は強盗。
今輪   (いまわ)
      基本は強盗らしい男。葦原と戦う事になる。

カイナ
      ゴスロリファッションの典型的なリストカッター。典型的に沿って趣味が悪い。
リア
      黄壱の恋人。ガム≧彼氏。

ねくに商店
      物売りおかみ。人間が自力で補えないものを売る。物で取引する。
りかまみ
      ねくに商店の末端支店長だったり違うのだったり。分裂する。
学生
      来訪前に薬屋で色々揃えたらしい人。途中から出てくるのは本人じゃない。

住人(招待客)達
      お祭りに参加したり、よく強盗に追われて右往左往している。諦めない人々。

※実在の人物および商品が出てきますが宣伝および批判の意図はありません。物語はすべてフィクションです。
また2008年当時の設定で書かれています。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

{序}
舞台上は基本的に何も無い。
箱馬、または無機的なかたまりが高低を表現とする物体となる。

オープンカフェ、またはファーストフード店の屋外エリア。
紙コップを持って向かい合い座る、三津川と黄壱。
黄壱は少々あけすけな態度、三津川は困惑している。


三津川 だから、そういわれても。急に訪ねてこられて、先週見た夢のことを話せだなんて。

黄壱  頼むよそろそろ本当の事を教えてくれよ。

三津川 本当も何も、そもそも、あなたどなたなんですか?

黄壱  ええ?…あちゃー。そういう事?しょうがないな、じゃあ思い出せよ今すぐ!3ヶ月前の第2土曜日の夜だよ。こないだじゃん。

三津川  だーかーらー、そんな昔に見た夢なんて覚えているわけ無いでしょ。しかも?夢に出てきた人の書いた遺言状のありかですか?意味分かりませんよ。

黄壱  いいか、ジジイはどういうつもりか孫の俺じゃなくて、赤の他人のあんたに遺言書のありかを教えやがったんだ。おかしいと思わないか?どうしてなん だよ!

三津川 ていうか、そのおじいさんに会いに行って直接聞けばいいだけのことでしょ。

黄壱  俺実家に勘当されてっから、こっそり探してえの。

三津川 夢の中の登場人物が言った事なんて意味無いんじゃないですか。結局それってアナタの夢だし。

黄壱  だから!その夢にジジイもあんたもいたんだよ。つまり3人はあの夜同じ夢を見たって事!だからこうして現実で会って話してるんじゃないか。思い出 せよ、夢で俺たち友達になったじゃないかあ!

三津川 …ごちそうさま。(ゆるゆると首を振りつつ逃げようとする)

黄壱 (つかまえて)待ちなって、三津川クン。



三津川 えっ。

黄壱  三津川大輔クン、だろ。名前を言えたのは偶然か?

三津川 ……。

黄壱  夢で自己紹介は済んでるよ。俺だよ、俺。

三津川 だから、誰。


と、トラックのブレーキ音が何かに激突しながら横滑りに迫ってくる。
音の方向を同時に見る二人。


二人 (ぽかんと)あ。

激突音。暗転。

              {2}
何も無い空間。夢の世界。
この世界では、身に着けているもの以外は全て無対象となる。
空間の奧には、ぽつんとドアが一つある。

       男が一人、物陰(箱馬)に隠れている。姿は丸見え。
       駆け込んでくる男・葦原。スーツ姿でエリート風。手には何かを持っている。


葦原  はっはっは!どこかねー?そろそろ観念したまえ!…それで隠れたつもりか!!
(と全く違う所を覗く)おや、逃げてしまったか。

葦原、全く気付かずに諦めて帰ろうとする。
    男、四つんばいでそろそろと這い出る。
    葦原が気付く。男が逃げ出し、二人とも消える。
入れ違いにゴスロリの衣装を着ている女・カイナが入ってくる。
      

カイナ ここに居ると思ったのに。どこ行っちゃったのよお。…あれ?え?嘘、まだいいじゃない!ええっ?ちょっと、やだあ!


       カイナ、見えない何かにドアのある方向と反対側に引っ張られ、消えていく。
さらに入れ違いに、黄壱、続いて三津川。仲良く現れる。


黄壱  ま、俺は右腕ポッキリの通院だけで済んで、余裕だったね。お前どこやられた?

三津川 えっとねー、もう、そこかしこ…車と壁の間に挟まれたからなあ。痛いわ動けないわ。ああ!動けるっていい!(ジャンプ)どこも痛くないし、最高だ あ!

黄壱  まあ、夢だからな。

三津川 だだっ広くて何にも無い…これって、本当に夢?

黄壱  そりゃそうだろ?

三津川 でも俺、消灯時間過ぎてもつらくて眠れなくてさあ…ああそっか、結局すぐ寝たのか。

黄壱  俺はねえ、なんかすっげ酒飲んでた。

三津川 そうだ、そういえば、あんたの名前。

黄壱  黄壱だよ。平坂黄壱。やっぱ忘れた?

三津川 いやー…。

黄壱  そっか…でもいいや、仲良くしような。俺ら、友達だもんな。

三津川 えっ…あ、ああ、よろしく。


と、間髪いれずドアから出てくる平坂泉彌。


泉彌  こちらこそよろしく。

三津川 どうも、って、誰。

黄壱  でたな…ジジイ。

三津川 え。

黄壱  こいつだよ、こいつが俺のジジイだ。やっぱりここにいやがったか!

泉彌  じーちゃんでえーす!!黄壱よ、また会えたのう、フォッフォッフォ。

三津川 え…だって、(と指差す)

黄壱  てめえ、また若作りしやがって!とっとと元のヨボヨボに戻りやがれ!

泉彌  やだぴょん。夢はフリーダムだぴょん。

黄壱  ぴょんとか言ってんじゃねえ!いますぐ遺言状のありかを言え!

泉彌  (お口にチャック、わずかにあいた口から)やだぴょん。

黄壱  てんめえ!

三津川 あ、あのさ、

黄壱  そうだ!さあ、三津川クン、キミになら話してくれるはずなんだ、遺言状をどこに隠したか、もう一度聞いてきてくれたまえ。

三津川 ええ?

黄壱  友達だろ。な、ハイ、行った。


押されるようにして泉彌の所へ。


三津川  あの、こんにちは…。ええと、

泉彌  三津川君も、こんな所でまた会っちゃったね。聞きたいのって、例の事かな? 


       泉彌、三津川に耳打ち。


三津川 …はあ。

黄壱  三津川クン、ジジイは教えてくれたね?さあ聞いたことをそっくりそのまま一言一句言ってごらん。はい。

三津川 今は教えられないよ。ボクたちだけの、ひみつだぴょん。

黄壱、 …てめえ、後悔するぞ。

三津川 待った、そうじゃなくて!

泉彌  ボクたちだけのひみつだぴょん!

三津川 聞いたとおりに言っただけなんだって!

黄壱 うるせえ!馬鹿にしやがってええ!


       黄壱、何かを肩にかつぐポーズ。見る見る重みが増していく様子。
それにあわせて顔を引きつらせる三津川。


三津川 あああ!バズーカ!?

黄壱  ふふふ、ロケットランチャーだあっ!

三津川 一体どこから!

泉彌  ここ夢だからねえ。念じれば出ちゃうんだよねえ。

三津川 ええっ!お、落ち着けよ、俺たち友達じゃないか。

黄壱  んなわけねえだろ!俺は前回もこうやって、てめえらに照準を合わせたんだぜ!

三津川 ああ、何てこった、やっと関係性がしっくり来た。

黄壱  さあ、ジジイ!吹っ飛ばされたくなければおとなしく遺言状のありかを、

泉彌  バズーカどーん!


      泉彌、バズーカを撃つ。黄壱、袖の向こうにふっとぶ。


泉彌  戦前生まれをなめんなよ!さあ、お若いの、今のうちだ!

三津川 え?ええ?ちょっと!!

泉彌、三津川の腕をつかんで走り去る。


        (3)
二人走って逃げ込んで来る。ヘトヘトで座り込む泉彌。


泉彌  老体に全力疾走はきついにょお。
  
三津川 大丈夫ですか?

泉彌  でも夢だから関係ないにょ。

三津川 はあ。…あの、平坂さん、でいいんですよね。

泉彌  にょ?

三津川 さっきの、平坂、黄壱って人のおじいちゃんなんでしょ、

泉彌  (突然激怒)年寄り扱いするなあああ!!

三津川 すいませんっ。

泉彌  ファーストネームがいいにょ。泉彌って呼んでくれにょ。

三津川  ……。

泉彌  折角夢の中だから若返ってみてるにょ。どうだにょ?ずっとインターネットで若者の話し言葉勉強してきたにょ。若者文化をいっぱい吸収してもっとナ ウくなるんだにょ。…どしたにょ?

三津川 あの・・・それ違うんじゃ。
 
泉彌  にょ?

三津川 若者は普通言葉の後ろに「にょ」なんてつけません。

間。

泉彌 (激しく驚く)えええええっ!?だって!だってインターネットで!!

三津川 ネットのどこをどう調べたらそうなるんですかっ。

泉彌  …そうか…違ったのか。僕は、僕はてっきり…。あああ!下手こいたあ!!
(と崩折れ、イントロを歌い出す)

三津川 覚えた事何でもやろうとしないでいいですから。そろそろ古いし。そんな事よりここの事、なにか分かりませんか?俺、全然事態が飲み込めないんです よ。

泉彌  (拗ねて)ここの事?いわば夢の吹き溜まりだよ。

三津川 吹き溜まり?普通の夢とどう違うんです。

泉彌  例えばこの空間が普段起きてる時の現実世界としてみ?

三津川 はあ。

泉彌  で、一重丸(と大きな丸を作る)これが、いっこ深い場所、睡眠中に精神が潜っていく普段の夢の世界。更にその中の(と、丸を作る)もっと深い場 所、寝てる人の夢が重すぎた時に迷い込むのが無意識界。ここの世界の事。たとえば落ち込んだまま寝たり、深酒すると夢が特に重くなる。君、前回飲みすぎ たって自分で言ったじゃないか。

三津川 知りませんってば。それに今回は酒なんて飲んでないし、別に悩んでもいないですよ。

泉彌  だから例えばなの。原因なんて色々だよ。

三津川 俺たちが同じ夢を見ている理由は?

泉彌  この場所のせいかな。特にここは無意識界のきわみ、南極に当たるんだ。眠りは極限まで深い。個人個人の夢の領域、つまり意識の境界線が溶けてしま う。だからこうして近くにある夢同士が混ざり合うんだ。

三津川 (理解できていない表情)ふうん。でも、前回と同じメンバーがまた集まったってのはね。そこがどうにも。

泉彌  黄壱は勘当されてからというもの音沙汰無しだったからな。夢とはいえ、久し振りに会えて嬉しかったよ。だが、夢の中で、こんな形で再会とは…。皮 肉なもんだ。

三津川 …そうですか。

泉彌  ああそうだ、言い忘れてたけど。三津川君さ、簡単には帰れないから。

三津川 …はい?

泉彌  ここは夢の南極。眠りが極限まで深い場所だって言ったろ。つまり普通には起きられない。これからどうする?

三津川 あ、あの、どうって。待ってくださいよ、

泉彌  ほら。コーラだよ。(と出し、飲む。)全ては空想の力。念じれば好きなものが出せる。げふっ。夢だから責任なく遊んで過ごせる。楽しいよお。

三津川 どうもこうも、夢は夢じゃないですか。嫌ですよ、俺帰りたいですよ。

泉彌  そ。君は、帰りたい人か。そうなんだね。

三津川 え?…はい。

泉彌  ここを出る方法…。無い訳じゃないんだ。でも、聞いた事で面倒が増えるかもしれないけどいいかな。

三津川 面倒?ちょっと位は我慢します。大丈夫です。


泉彌、軽く頷き、懐から小石を取り出す。


三津川 何ですか。金平糖?

泉彌  朝のかけら。

三津川 朝のかけら。

泉彌  その人個々の眠りの重さに釣り合うだけのかけらを持っていると、目覚めが訪れる。つまり現実に戻れるんだよ。

三津川 なるほど!じゃあそれを沢山集めれば帰れるんですね…どこにあるんです?

泉彌  そこいらにたまーに落ちてる。

三津川 そこいら!そこいら!(這いつくばって探す)ここには無いみたいだ。

泉彌  ね。色々面倒な事になるよ。だって、見つけて拾うのは大変だから。

葦原  その通り!だから私は考えた!


       葦原、駆け込んできてポーズをきめる。


三津川 誰。

泉彌  やあ葦原君。大概しつこいというか、頑張るねえ。

葦原  朝のかけらを集めるのに最も効率の良い方法は何だか分かるかい、君達。…簡単だ、人から貰えばいいんだよ。さあ君、かけらを渡しなさい。

三津川 何で。持って無いし。

葦原  ぱん!


葦原、懐から銃を取り出し三津川を撃つ。サイレンサーつきの控えめな銃声。
三津川の手に当たる。


三津川 痛ったあ!夢なのに痛てえっ!てか何すんだ!!

葦原  夢とは記憶の再生だ。もちろん痛みも衝撃もね。さあ、これ以上痛い目にあいたくなければ、正直にかけらを出すのだ。

三津川 はあ?

泉彌  彼、ここに来たばかりだから本当に持ってないよ。

葦原  なるほど。だが、私はかけらを沢山集めねばならない。そういう訳で平坂君、君の懐の中の物を譲ってくれたまえ。さもないと!

泉彌  やだぴょん。さあどっからでも掛かってこい!(と武道的に構える)

葦原  ぱん!

泉彌  きゃいん!


葦原、黄壱を銃で打つ。
泉彌、仰向けに倒れる。


三津川 ああっ!弱い!

葦原  ここは夢だ、死にはしない。君、動くなよ。(と三津川をけん制、泉彌の懐を探る)
フン…三つとはね。まあ、あるに越した事は無い。頂こう。

三津川 何てことするんだ!相手はおじいちゃんだぞ!

泉彌  年寄り扱いするなああ!!(と跳ね起きる)はっ。朝のかけらが無い!返しなさい!

葦原  ならビジネスはどうだね、キャッシュで買おうじゃないか。(と懐に手、)おっと慌てるな、ただの財布だ。さあ、金はいくら欲しい?(と財布を見せ びらかす)

三津川(つばを飲み込んで)に、2万5千円!

泉彌  …生々しい金額だね。

三津川 だってWiiが欲しいんです!

葦原  Wiiなんて、ぼく持ってるもーん!

三津川 え。

葦原  はっ。そ、そんなはした金でいいのかね?ほら、百万!二百万!一億!(ばら撒く)私は大金持ちなのだ!凄いだろう!!…どうした。何故そんなガッ カリ顔なのかね!

三津川 (かぶさる札をどかしながら)こんなの念じて出した金だろ。こんなでかい一万円。あ、これ、千円じゃん。その上、この人誰!夏目漱石じゃない、世 界のナベアツじゃないか!デザインちゃんと覚えてないの?お札見たことあるの?それ社会人としてどうなの?

葦原  うわーん!

三津川 ええっ。

泉彌  駄目だよ泣かしちゃ。子供相手に大人気ないよ。

三津川 子供!?

葦原  夢の中では実年齢など関係ない!この姿が全てだ!そうだろう、ご老人。

泉彌  年寄り扱いするなああ!!

葦原  ほら。…まあ、かけらは頂いたし、もう用は無いな。それでは。

三津川 まてよ泥棒!

葦原  泥棒?(銃を構えて)見くびってもらっては困るな。私の名は、超強い超すごい、超ストロング超最強超スペシャルな超強盗スーパー葦原様だもん ねー!(はっとして)アデュー。

三津川 …うわあ…子供だ。

泉彌  着眼点も子供だね。貴重品は首から提げるもんだよ。
(と、首にかけた袋を出し、中のかけらを見せる)

二人  ぷくくく。

笑いをかみ殺してつつき合っている三津川と泉彌。
その様子を袖から首だけ出して見ている葦原。
       二人、葦原と目が合う。追われて大慌てで逃げていく。
       入れ違いに入ってくるカイナ。


カイナ ああっ!ここにもいない!やっと戻ってきたのに!泉彌さーん!どこー!?


     カイナ、探しながら去る。


     {4}
     またもやヘトヘトで入ってくる三津川と泉彌。


三津川 どうなってるんですか、逃げてばっかり!

泉彌  だから、全力疾走は老体には酷だにょってば。

三津川 夢じゃ実年齢関係ないんでしょ。大体俺は、遺言状とやらのせいであんたの孫に追われる羽目になったんですよ。その上、別のヘンな奴まで…カンベン してくださいよ。

泉彌  全部成り行きなんだよ、申し訳ない。

三津川 どうして前回会ったっていう時、遺言状のありかを俺だけに教えたんですか?言っとくけど、こっちは完全に他人ですよ!

泉彌  別に君には何ひとつ教えてないよ。

三津川 へ。

泉彌  あいつの前で、君に内緒話の振りをしただけ。だって、あの時は遺言状なんて、まだなんにも書いてなかったもん。

三津川 は。

泉彌  あれから現実に戻って、そのときに書き上げて隠した。つまり結果的に順序は逆。

三津川 ちょっと待って、疑問だらけっていうか、どういう事です?
 
黄壱  いよう、お二人さん、会いたかったぜ。


黄壱、現れる。


三津川 (ぼそっと)うわあ、面倒臭い。

泉彌  黄壱、会話に武器は不要だよ。

黄壱  うるせえ!全部聞いたぞ!てめえ、あん時ゃよくも騙しやがったな!現実の三津川を探すのに俺がどれだけ苦労したか!

泉彌  騙してないよー。だって今度は本当に書いたもん。でもねーお前には教えてやんなーい。やっぱり三津川君にしか言わなーい。

三津川 ちょっと!!

黄壱  どういうことだ三津川あ!!

三津川 知るか!!もう二人でやってくれよ!

泉彌  黄壱。駄目じゃないかこんな所に来ちゃ。前に3人で顔をあわせたのは北極なんだよ。

黄壱  は?ここは北極だろ。

泉彌  ここ、反対側。南極だから。もしかしてお酒?お前、飲み方まだ直してなかったの。

黄壱  (軽く動揺して)な、南極?だけどいくらなんでも、だって、俺そんな… って事は、…お前らも?

泉彌  そんなとこ。

黄壱  マジかよ…いや、やっぱり今しかねえ。(と何か武器を出すしぐさ)さあジジイ!今度こそ遺言状のありかをいいな!俺は必ず現実に戻って、そいつを 真っ先に手に入れてやる!

三津川 遺言状なんて親族みんなで見るものだろ!先に見つけてどうするんだよ!

黄壱  遺産の百パーセントを孫の黄壱に譲るって、書き直すんだよバーカ!

三津川 そっちがバカ!バレるに決まってんだろ!

黄壱  バレねえよ!俺はペン字検定3級だ!さあ!痛い目にあいたくなかったら、今度こそ、…あれっ、


       黄壱、後方に引っ張られる。


黄壱  ちょ、ま、まてっ!なんだ?俺、どこへ行くんだ?ちょっと?

泉彌  ドアと逆方向、北極行きだね。北極の先は朝だ。良かったじゃないか、帰れるんだ。

黄壱  いや、でもまだ何も!ジジイ!教えろ!早くってば!遺言状ー!!


        黄壱、引っ張られて現実へ帰っていく。


三津川 行っちゃった。あれ?あいつ、かけら無しで起きられるんだ。

泉彌  きっとさほど眠りが深くなかったんだろうね。何にせよ、よかった。


と、学生が早足で入ってくる。いがらっぽいらしく咳払い。
二人に気付く。


学生  んっ、んんっ。あ、どうも。じゃ。

泉彌  あ、学生さん、待った。

学生  はい、待ちます。(間)じゃ。

泉彌  いやいやいや、だから!はいストップ。

学生  何なんですか、んんっ。さっさと行きたいんですけど、んんっ。

泉彌  喉、おかしいの?ここは夢なんだから現実の喉なんて忘れたら。こっちじゃ何とも無いはずでしょ?

学生  引きずっちゃって治らないんですよ。でも別にもうどうだっていいです。んんっ。

泉彌  この先そんないがらっぽいの持って行きたいの?

学生  …あー。んんっ、ずーっとは、んんっ、ちょっと。

泉彌  だろ?(遠くに)おーい!お店屋さーん!ねくに商店さーん!!


現れるねくに商店。物売りである。


ねくに はいなー!あらあ、泉彌さん、どうも。今度は何を御所望だい?

泉彌  この人の喉、イガイガしてんだ。何とかしてやってよ。

ねくに (学生に)まあお気の毒。よく効くのど飴があるんだ。…そうだね、交換する物こっちで決めるよ。

学生  え。交換って、わっ!な、何。

ねくに 手短かに、あんたの自前のビニール袋でも貰おうかね。…あんたさ、掃除用洗剤は、掃除の時に使うもんだよ、全く。


ねくに、学生の背中に手を突っ込んで、大きなビニール袋(無対象)を引っ張り出し、飴(無対象)と交換する。


ねくに はい、まいど。ほらのど飴だ、口に入れな。

学生 (のど飴を口に入れて)何なんですか、もう…あれ、喉。

ねくに 楽になったろ。

学生  本当だ。助かります。

ねくに いいんだよ、商売さ。

学生  じゃあ、そろそろこれで。(泉彌に)どうもありがとうございました。本当言うと、喉の事つらかったんです。でも、やっと楽になりました。きっと、 これで今度こそ、


   学生、急に後ろに引っ張られるようにして歩き出し、ドアの向こうに消える。


ねくに あらら、挨拶もそこそこだ。

三津川 どうなってんの。

ねくに (三津川に)あら、こんにちは。初めましてだわね。あたしは、夢の中の物売り、
ねくに商店のおかみさんだよ。もし要り用があったら何でも売るから呼んどくれね。

三津川 売るって、物々交換じゃないか。

ねくに そうさね。夢の中じゃ金なんて意味無いからね。あんたの自前が金の代わりさ。

三津川 自前。そんな汚いビニール袋も?

ねくに バカだね、こいつは最上級さ。なんたって、さっきの人が、ここに来た理由そのものだからね。

三津川 それが理由?

ねくに (耳を澄まして)あ、北極で誰か呼んでるわ。さあさ、商売商売。

三津川 北極にも人がいるの。俺達みたいな?

ねくに ちょと違うかね。北極は南極とは真逆なんだ、単に迷い込んだ気楽な連中だね。好き放題暴れて、最後にゃドアの向こうに行っちまう。

三津川 ……。

ねくに どうかしたかい。…あーはいはい(テレパシーのように)今行くから待っとくれ!
…もういい?あたしゃ忙しいんで、失礼するよ。

三津川 待った!北極って、南極の真逆、正反対なんだろ。

ねくに そうだよ、それがどうしたって言うんだい。

三津川 北極のドアの向こうは朝。じゃあこっちのドアの向こうは何なんだ?

ねくに …おや。まだ知らなかったのかい。

三津川 南極の、ドアの向こうって…もしかして、

ねくに あんたの思っている通りさ。明けない夜の世界…死だよ。


       間。
三津川、驚いて逆にヘラヘラと笑う。


三津川 …えっ…じゃあ…?や、やだなあ、こんな、ドア近いし。もう危ないんだから。
(泉彌に)何してるんですか、こんな所にいないで早く北極行きましょう、

泉彌  自力で南極からは出られないぴょん。現実で眠ってる肉体に起きる力が無いんだから。

三津川 え。

泉彌  南極に居る人間てのは、現実の世界では死に掛けてるんだよ。現実世界の体が死ねば、即座にドアの向こう行きだ。

三津川 そ、そんなはず…だって俺、病室で、さっきまで起きてて、

ねくに 容態が急変したんだよ。信じられないなら、あんたがここに来た理由、見るかい?
(と三津川のポケットから何かを取り出す)

三津川 …これ?粉?

ねくに カリウムだね。車に挟まれたのが原因で、高カリウム血症になったんだ。クラッシュ症候群って奴だ。今は瀕死状態さ。(とポケット)ほーらどんどん 出てくる。ざらざらざらー。まだ出てくる。ざらざらざらー。うわーカリウムが雪山みたーい。(山になる)

三津川 無茶苦茶だよ!ああっ、雪崩がっ!(下敷きに)

ねくに 夢だもの大げさになるさ。そんじゃ、今度こそ失礼するよ。


ねくに、スキーの動き、滑りながら去っていく。
       泉彌もスキーをはじめる。
長い間。


三津川 …泉彌さん。

泉彌  んー?(とスキーしながら)

三津川 俺、死ぬんですか。

泉彌  もしかしたらね。

三津川 泉彌さん、

泉彌  んー?

三津川 そろそろ埋まってるの助けてください。

泉彌  おうこりゃ失礼。(板とストックを地面に刺して三津川を引っ張り出す)

三津川 泉彌さんもなんですか。

泉彌  何が?…ああ。そりゃ、人間いずれはね。

三津川 さっきの学生も。

泉彌  あれはもう死んだよ。多分洗剤混ぜて作った毒ガスだ。ビニール袋かぶってさ。最近多いんだよね。…急がなくてもドアは逃げないのに。

三津川 ……。

泉彌  のど飴。僕に笑ってお礼を言ったよ。…笑えるのにね。

三津川 …あの人…死んじゃったのか。そうか、ドアの向こうは、死…。

      間。

三津川 って!あんた初登場の時どっから出てきた!!

泉彌  ドアから。

三津川 はあああ!?

泉彌  入院長引いたら主治医が怠けそうでさ、たまには活入れてやらないと。だからちょっと中に入って心臓止めてみちゃった。テヘ。

三津川 テヘって!!

泉彌  ありがとう先生!!おかげで帰って来れましたー!

三津川 もし医者が本当に怠けてたら洒落になんないですよ。…あの、入院してたんですか?

泉彌  入院は2.3ヶ月前から。寄る年波って奴だよ。

三津川 寄る年波には勝てない、か。

泉彌  (突然激怒)年寄り扱いするなあああ!!

三津川 自分で言ったんじゃないですか!

泉彌  年寄り然としてちゃ気力がなえるじゃないか。気力の力はバカにならないよ。ここに居る人間は、黄壱みたいに現実の体が持ち直すのを待つか、朝のか けらを集める事しか出来ないんだ。力尽きないように気力だけでも蓄えるんだ。

三津川 どんな風に?そもそも気力って何ですか。具体的に?例えば?

泉彌  え。(詰まる)そりゃ、あれでしょ。その、元気とか、勇気とか、希望とか、正義とか、…夢とか、愛とか、

三津川 空々しくなってきませんか。

泉彌  かなり。…だからあ!自分をくじけさせない事!自分を励ますんだよ、やってみ。

三津川 えー。

泉彌  ほら。そうだな、この言葉が一番効くよ!「頑張れ!自分!!」
(ゼスチャーでしつこく促す)

三津川 (大いに照れて)…頑張れ、自分。…もー!よしましょうよ、こんなのー!

泉彌  いい!!いいよ!ほらあ、もう一回!

三津川 (嫌そうに)頑張れ、自分。

泉彌  心を込めて!

三津川 (ヤケクソに)頑張れ自分!!頑張れ自分!頑張れ自分!

泉彌  ブラボー! 自分を信じる事も気力の一つ!

三津川 それでも駄目なら、…俺、死ぬんですか。

泉彌  かな。

三津川 ……。

泉彌  …探しなよ、根気良くさ。君は帰りたい人なんだろう?

三津川 朝のかけら…自分の眠りの深さの分だけ集めれば、朝が来る…。

泉彌  そうだ。

三津川 集めなきゃ…でないと、終わっちゃうって事ですよね。俺、やり残した事が一杯あるんです。…違う、まだ何も始めてさえ無いんです。

泉彌  失くしかけると、気付くんだよね。

三津川 そうかもしれないです。

泉彌  前回の夢の中で、あれに会った時に決めたんだ。体の自由がきく今のうちに遺言状を書こうってね。結果、書き終えた現実の私はその後入院し、今は明 日をも知れぬ命となった。それでも遺言は残せた。君のおかげだ。

三津川 何がです?

泉彌  (少し笑って)何でもないよ。ま、幸いとは言いがたいが、間に合ったって事。

三津川 間に合っただなんて。俺達、絶対ちゃんと生きて現実に戻りましょうよ。


         葦原、携帯ゲーム(空想)をやりながらふらりと入ってくる。


葦原  あ。

二人  あ。

葦原  なんたる幸運。そこを動くな。

泉彌  無理ぴょん!(逃げる)

三津川 俺もだぴょん!

葦原  投げ縄っ!


     葦原、投げ縄を投げる。三津川が縄にかかり、転ぶ。


三津川 こんなんアリ!?

葦原  刀!!じゃきーん!ぶおーん!(と刀を振り下ろす)

三津川 盾っ!盾っ!(と盾を出し防ぐ)

葦原  ほう、抗うか。この私と戦うかね。(と二刀流)

三津川 無理無理無理!出ろ!マクドナルドのハッピーセット!
 
葦原  おおっ!超すげー!今月のおもちゃムシキングじゃーん!って引っかかるかあ!
(と刀を投げる)

三津川 (よけながら)頑張れ自分っ!


       三津川、逃げる。
       葦原、中のハンバーガーを食べ、複雑な表情に。


葦原  …マックグリドル。
       暗転。

       {5}
       カイナが座って手鏡で前髪を直している。
       と、駆け込んでくる三津川

三津川 おーい!おーい!…参ったなあ、はぐれちゃったよ…。あれ?ドア!?まさか同じ所をグルグル回ってたのかあ?

カイナ 違うよ。ドアは何処にでもあるの。あなた新入りさんね。

三津川 う、うん…。そうか、ドアって何処にでもあるんだ…って事は、ここがどこだか分からない。ますます迷ってるって事じゃないか!あ、ていうか、こん にちは。

カイナ 落ち着き無いなあ。大丈夫よ。人と人の夢が溶け合ってるんだもん、完全にはぐれる事は無いの。…私カイナよ。あなたは。

三津川 俺?えっと、三津川…。あの、俺来たばっかで何も知らなくて。カイナさんは?

カイナ 私かあ、うーん、リピーター、かな?

三津川 え?

カイナ ねえねえ新入りさんじゃ知らないかな。平坂泉彌さん見なかった?探してるの。

三津川 俺もその人探してるんだよ!

カイナ あなたも?そっかあ、へえー。どう、素敵になりそう?

三津川 何が?

カイナ セレモニーよ。旅立ちの儀式。演出考えてるんでしょ?

三津川 …なに、それ。

カイナ 私達、きっと死んじゃうじゃない?だから、ドアをくぐる時に、素敵なセレモニーをしたいの。泉彌さん、もしその時が来たら手伝ってくれるって約束 して、…あなたは違うの?

三津川 …違う。

カイナ なあんだ。…そうだ、私のセレモニーに来てね。招待状出してあげる。

三津川 死ぬこと前提でそんな計画よしなよ。

カイナ だって、ここ、そういう所でしょ?他の人みたいに黙ってドアの向こうに行くなんてもったいないよ。

三津川 駄目だよ、そんな簡単に諦めちゃ。

カイナ (笑い出す)えー?どうして?南極のドアをくぐる事は輝かしい事なのに。

三津川 輝かしいって。

カイナ 新しい世界へのドアじゃない。私ね、来世は猫になるつもりなの。

三津川 猫お?

カイナ 真っ黒くて、目が金色の猫。ビジュアル系バンドのボーカルの人に飼われるの。彼はカッコよくて凄くもてるの。でもどれだけ女が入れ替わっても、彼 にとっての恋人は猫の私であり続けるのよ。オリコン初登場一位になった3枚目のアルバムの14曲目には私の事を歌った曲があって、歌のモデルの女は誰だっ て、ファンの間で大騒ぎになるの。タイトルは「ルシファー・キャット」(自作曲のサビを歌い出す)ルシファーキャットお前は堕天使~♪その爪でいっそ俺を 切り裂き~ああ~ほとばしる~愛~♪

三津川 痛い…痛すぎる。

カイナ やだ大丈夫?どこか痛いの?

三津川 あんたが痛い。いやいやそうじゃなくて。…来世とか、信じてるんだ。

カイナ 当然でしょ。

三津川 いやまあいいんだけど、とりあえずは朝のかけらを集めたら。
 
カイナ かけらなんてどうでもいいわ。それに、私ここが好きだから。

三津川 ここが?どうして。だってここは。

カイナ ううん。だって、今の私、現実より、生きてる。


       カイナ、傷を隠した左腕のリストバンドを見せる。


カイナ (明るく)切り始めると止まらないの。でも別に死にたい訳じゃない。処方されたお薬を一度に沢山飲むのも、ただあの場所に居られないからよ。あの 場所じゃない所へ、あの場所の気配の無い世界に行きたかっただけなの。ここは清らかよ。私の心が自由になるの。

三津川 リピーター…そういう事。

カイナ 余計な一言は無しだよ。お互い明日をも知れぬ命、なんだからね。


        黄壱、現れる。


黄壱  ヒューヒュー、お二人さん、ランデブーかい?また来たぜ!三津川!

三津川 (がっくりと)リピーターがここにも。あんた…帰ったんじゃないのか?

黄壱  何言ってんだ、あれから二日たってるよ!

三津川 二日あ?

カイナ 夢だから時間の流れが普通じゃないのよ。

黄壱  ここに来る為に死ぬ気で命を掛けたぜ!テキーラ一瓶!サウナニ時間!急性心不全!うん、完璧。

三津川 それ、完璧すぎて本当に死ぬからっ!

黄壱  さて、本題。1番・遺言状のありかをいいな!2番・ジジイは何処だ!

三津川 1番・知らない。2番・知らない。

黄壱  なんだとお!


      黄壱、武器を出す。
      三津川、助けを求めるようにカイナを見る。


カイナ  (指をくわえる仕草で)私い、席外そうかあ?

黄壱   (かわいらしく)ごめんねー、そうしてくれるう?

カイナ  うん!(去る)

三津川 ちょっと!ご無体な!

黄壱  お前、女に助け求めんなよダセエな。

三津川 と、とにかく聞いてないものは聞いてないんだ。それ、消せよ。

黄壱  教えてくれたらいつでも消すさ。さあ!

三津川 聞けって!だから知らないってのに!

葦原の声 ひゅるるるる、どーん!!


手榴弾が投げ込まれる。轟音。
       吹き飛ぶ三津川と黄壱。
       葦原、現れ、銃を撃ちながら追い回す。


葦原  ぱーん!ぱんぱん!どこへ逃げるのかねー?(追い詰めて)そうか、平坂君とは二手に分かれたか。ならば彼は君に朝のかけらを預けたはずだ。さあ、 こちらに。

三津川 なんでそうなる?持ってないよ!

葦原  ホッホッホ、またまた。おや、君、見かけない顔じゃないか。

黄壱  お前誰よ。

葦原  私かね。私は、超強い超すごい超ストロング、

三津川 こいつ葦原って名前。

葦原  言い掛けなのに!もう容赦はせん!覚悟しろ!(と武器)

黄壱  お前勝手な事すんなよ!(と武器を葦原に向ける)


       三津川、二人が睨みあっている隙に逃げようとする。


黄壱・葦原 待ちな。(と三津川にも武器を突きつける)

三津川 これは、三つ巴…違う。俺一人がすごく不利だ。

葦原 (黄壱に)君…邪魔をしないでくれるか?それとも排除されたいのかね?

黄壱  ほお。言っておくが、俺の空想力は凄いぜ!空想を通り越して、もはや妄想!妄想力イコールこいつの威力。はたしてお前のその貧相なオモチャに、こ の俺の、

葦原  ぱん!

黄壱  きゃいん!


      黄壱、あっさり倒れる。


三津川 弱っ!

葦原 さあて、君とこの男、どちらから先にかけらを頂こうか、

黄壱 バズーカどーん!


     黄壱、天井にバズーカを打つ。天井が崩れ、葦原が埋まる。


葦原  うわあっ!なんたる事、動けない!待ちたまえ!パンパン!(と発砲)

黄壱  退却っ!

三津川 頑張れ自分っ!


二人、逃げ去る。
       葦原、体が抜けない。忌々しげに髪を撫で付ける。
       が、徐々に泣き顔に。

葦原  誰か助けてよう、ママー!


      {6}
泉彌、カイナと「椅子に座ってテーブルを挟んで」真剣な様子。
ねくに商店も暇そうにそれを見ている。
テーブルと椅子は空想の産物。


カイナ だからあ、もっと周りが真っ黒で、白黒のフリルで飾って、十字架がザクザク地面に刺さってて、羽の生えたガイコツが立ってる感じのがいいの。

泉彌  趣味、悪っ!!

カイナ 私が趣味でやる儀式なんだから、いいじゃない。

泉彌  悪いけど、セレモニー会場がそんな飾り付けじゃ、招待客全員ドン引きだよ。ねくに商店さんどう思う。

ねくに あたしゃただの物売りだよ。

泉彌  ここは一つ、女子の視点からさ。

ねくに そうさね。ま、とりあえずかわいくしときなよ。あんた、去り際くらい、独りよがりから少し譲ったらどうだい。

泉彌  さすが。ガイコツなんかより、その方がいいよ。

カイナ うーん、そうなのかなあ。うーん…うーん…。

泉彌  カ…カイナちゃん、集中しながら考えて。椅子が消えそう…。 

カイナ いっぺんに二つの事なんて考えられないよ。ああ疲れた。(と座り込む)

泉彌  (しりもちついて)急に椅子を消さないっ!痛ったー!

ねくに あたしの出番なんてあるのかい。会場の飾り付けなんて、大抵の物はあんたらの空想で出しちまえば補えるんじゃない?

カイナ 配達頼みたいの。その時に間に合う形で招待状を…そうねえ、三津川君とか。

泉彌  あれ、会ったんだ。

カイナ うん。他にも誰かいたらついでに誘って。これ、お代。

ねくに かみそりと錠剤、二つもいいのかい?

カイナ いいの。もう買い物する事もなくなるし。

ねくに そうかい。じゃあ奮発してメッセンジャーでも使わせてもらうわ。じゃ。

カイナ よろしくー!


ねくに、去る。カイナ、嬉しそうに笑顔。


カイナ あとは会場のデザインを固めるだけか。ああー!ドアの向こう、楽しみー!

泉彌  ドアの向こうへ行ったら何したい?

カイナ ねえ、あっちに、いやーなものとか、ある?ほら、私が嫌いそうな。

泉彌  ないよ。

カイナ 本気にしちゃうよ?

泉彌  だって実際この目で見たんだから。僕はドアの向こうとこっちを行ったり来たりした人間だよ。

カイナ 好きに過ごしていいのよね。毎日楽しい事ばかりあるのよね。

泉彌  それはカイナちゃんが探しなよ。待ってても楽しい事なんてやって来ないさ。

カイナ なによー、ドアの向こうもその辺はおんなじって事?

泉彌  そういう事。残念でした。


二人、くすくす笑う。


カイナ あー、今すごく嬉しい感じ。泉彌さんって、いい人だねー。ちゃんと私の話し聞いてくれるもん。

泉彌  光栄だね。

カイナ ここもすごく楽しい。ちっとも窮屈じゃない。

泉彌  そう。

カイナ どうして現実世界ではこんな風に出来なかったのかな。ちゃんと出来ないからここに来ちゃった。

泉彌  帰りたい?

カイナ もう嫌。あの場所…もう無理だよ。それに…、近付いてるのが分かる。私、もうすぐだもん。

泉彌  そう。セレモニー、きっと気に入るようにするからね。

カイナ 信頼してます。(照れて)今、すっごく幸せだあ!…えへへ。じゃあねまた。


       カイナ、去る。
       笑顔で手を振る泉彌。笑顔が消え、ドアを見つめる。
間。
深刻な顔でゆっくりと中央へ。

泉彌  ゴスロリ。ゴスロリとはゴシックロリータファッションの略。またはそういった格好をしてる若い女子。まれに若くない女子もいるが、その場合うっか り見た者にはもれなく痛みが伴う。バーイ広辞苑。…おじいちゃん付いてくのに一杯一杯です。

          暗転。


      {7}
走ってくる三津川と黄壱、へたばって座り込む。


三津川 この状態デジャブーだよ!何回こんな目に。(はっと気付いて黄壱から大きく離れる。)

黄壱  逃げんなよ、休戦だ。参った、あいつすっげー強ええよ!!

三津川 子供は空想が得意だから。

黄壱  マジかよ、あいつガキかよー!腹立つっ!

三津川 …あのさ、何度も言うようだけど、俺はあんたのじいちゃんからは、何も聞かされていないから。

黄壱  へっ、またそうやって、

三津川 もう戻れないかもしれないのに、嘘なんてつかない。いいか?下手したらもう戻れないんだ。

黄壱   ……。

三津川 まさか本気で遺言状書き換えるつもり。

黄壱  …ジジイさ、遺言状に俺の事何も書かなかったのかもな。勘当されてっから。

三津川 え。

黄壱  な、さっきのヘンな格好の女。ナンパしてたのか?

三津川 まさか。

黄壱  ああ、女。女かあ。ここに来る前に会っとけば良かった。リアー!会いてえなー!

三津川 リア?彼女。

黄壱  んん?ん?まあねえー、えへへへへへ。(とくねくね)

三津川 どんな子。

黄壱  どんなって、お前ー、言わせんなよ、もう。えっとねー、例えるなら、そうだなあ、…ガムみたいな女…だな。きゃー(照れる)

三津川 へー…ガム。(呆れるが気を取り直し)噛むほど味がある、みたいな?

黄壱  馬鹿っ!そんな程度じゃねえよ!とにかくガムみてえなんだよ!宇宙だよ、ビックバンだよ!時空を超えてんだよ!

三津川 スケールのでかさに逆に興味が削がれて行く…。

黄壱  分かんねえかな、どういうの、背丈はこんな感じで、顔と髪型はこうで、こんな服で…イメージを見せてやる!んー、出でよ!俺の女!!


リア、物陰からぴょこりと顔を出し、口をもぐもぐさせながら出てくる。


黄壱  おお、リアーっ!見たか、俺の妄想力!リア、会いたかったよ!

リア  ガム食べる?(とガムを出す)

黄壱  たべるー!んまんまんまんま。

二人  ぷー、ぱあーん!(風船を出し、互いにくっつけて爆ぜる)

黄壱  好きだー!

リア  ガムー!(と二人でクルクルまわる)

三津川 …ああ…感想すら出てこない。


        リア、三津川に近づく。にっこり笑う。


三津川 ど、どうも。

リア  ガム食べる?

三津川 え、いや、いいよ。

リア  この人嫌い。

黄壱  ああっ!お前は鬼だ!悪魔だ!かわいそうによう!
 
三津川 ガムって気分じゃないんだよ。走りすぎて喉が渇いた。

黄壱  そういや、俺もだ…夢だってのによお。あービール飲みてえー!

三津川 アルコールとサウナで死に掛けてここに来た癖にビール欲しがるか?

黄壱  バカ野郎ビールはいいんだよ!ビールはいわば大人のファンタだ!ああビール!どっかにビール売ってねえかなー!


         と、鞄をしょった女・りかが現れる。


りか  はーい!ビールなのー!りかなの!りかはビール売りなの。ビールはいかがなの。

三津川 な、何、あんた?

りか  何ってりかの事なの?ビール売りの事なの?どっちの事なのなの?

三津川 よく分かりました。間に合ってます。

黄壱  おいおい帰そうとすんなよ!ビール売ってんの?いくら。

りか  りかが欲しいのはお金意外なの。甘いものなの。

黄壱  甘いものって…。
 
リア  ガム食べる?

りか  ガムなのー!これでオッケーなのー!まいどなのー!

黄壱  リアは頭がいいねえ。

三津川 空想の女が出したガムでもありナノ?

りか  結果的に甘いものならそれでいい事なの!はい、ビールなの。
(と見えないジョッキを渡す)

黄壱  ジョッキ空じゃん。

りか  好きな銘柄のビールを空想すればいい話なの。

黄壱  なるほど。

三津川 じゃ、折角だから。

二人  よおーし、よく冷えた、よく冷えた!泡がこんもり!ぐびぐびぐびぐび、ぷはー!

黄壱  エビスビール、最高ー!!(とジョッキを高々掲げる)

三津川 発泡酒の味しか思い出せないい!(と激しく落ち込む)

りか  じゃあ私の用はこれで終わりなの。さよならなの。

黄壱  ご馳走さーん!


        りか、去る。
        が、すぐに戻ってくる。


三津川 まだ何か用事ナノナノ?

まみ  私はまみだよ。メッセンジャーだよ。

三津川 は。あんたの名前りかでしょ。

まみ  りかはまみと双子なんだよ。仕事も違うんだよ。
 
三津川 ふ、ふーんそうナノ。

まみ  そうだよ。

三津川 いい加減、普通の女が見たいダヨ…。

まみ  なんだよ失礼だよ。まみは普通だよ。

黄壱  で、俺らにどんな用事ダヨ。

まみ  メッセージだよ。でも色々ありすぎてどれかよく分からないんだよ。
(と鞄を開ける)

黄壱  メッセージい?うわ、どっさり。

まみ  夢の中で誰かが誰かに向けて伝えようとした事が色々飛び込んで来るんだよ。受け取り手の無い場合も、あて先不明のもあるんだよ。だから自分宛ての メッセージをそっちで選んで欲しいんだよ。

黄壱  はあ?ええと、(と一枚)「ごめんなさい。付き合うだけならいいけど、将来を考えたら貴方という選択肢は無いわ」あははっ!振られてやんの…どう した?

三津川 (胸を押さえて)ちょっと、身につまされて。過去のトラウマが。

黄壱  「割り勘で小銭まで分けるような男は、心も体もセコいと思うの」(三津川に気付いて)これもかよ。

三津川 (苦しげに)…うん。

黄壱  「あなたって男としてつまんない」

三津川 わざと選んでるだろう!

黄壱  お前の心の傷なんて知るか!えっと、これ、…なんだあ?「扇風機のすぐ横で納豆を食べるのはやめてください」ふうん確かになあ。

三津川  へえ、どうして。

黄壱   え?お前、扇風機の横で納豆食ったこと無いの?

三津川  無い。

黄壱   バッカお前、見てろよ。扇風機扇風機(と扇風機を出す)風力は強。スイッチオン。
ぶおー。

三津川 うわー涼しいー。

黄壱  はい、すぐ横で納豆!箸!(出す)ぐるぐるぐるぐる、ねばー、ねばーっ。ほーら、端を持ち上げるたび納豆の糸がどんどん風に乗って、ぶわーっ!

三津川 ああっ!納豆臭い!糸が飛んできた!べたつく!絡まる!動けない!助けてー!

黄壱  ご家庭でぜひお試しください。

三津川 試すか!助けろよ早くっ!

黄壱  しょうがねえな。


黄壱、箸で三津川にからまった納豆の糸を絡め取る。
       次第に練りあめを練るような動作に。


黄壱  何か練りあめみてえ。でも納豆ー!(と引き伸ばす)

三津川 そんなもん捨てろって。

黄壱  わかったわかった。(と後ろへ放り投げる)

まみ  コラだよ!道端に捨てちゃだめだよ。

黄壱  うっせーなー。

三津川 (カバンを漁って)ん?カイナ…?あの子の名前だ。

黄壱  ああ、あの真っ黒いフリフリの女?

三津川 セレモニーのご案内…?…そうか、やっぱりやるんだ。

まみ  きっとそれがそうだよ。お客さんたくさん来て欲しいそうだよ。裏は白紙だけど時期が来たら場所とタイミングが浮き出て来るんだよ。それまで持って るんだよ。

三津川 じゃ、一応、受け取るよ。…あ。

       三津川、招待状をしまい、ふと地面に気付く。
かけらが落ちている。


三津川 落ちてた。ラッキー。

黄壱  これが、アレか?朝のかけらって。

まみ  そんな石っころ欲しがるなんて理解不能だよ。

三津川 え?

まみ  りかとまみは、ねくに商店と同じだよ。人間のお助け欲求イメージの集合体なんだよ。人間が欲しがるから物を売ったりメッセンジャーするだけなんだ よ。人間側の価値感なんて理解不能なんだよ。

三津川 あんたら人間じゃなかったのか。

まみ  それを沢山欲しいなら埋まってるところ教えてもいいんだよ。

三津川 本当か?

まみ  ねくに商店の末端支店長と話をつければいいんだよ。待ってるんだよ。


       まみ、去る。
すぐ戻ってくる。


三津川 で?

りかまみ 二人が融合なのだよ。

三津川 ……。

りかまみ りかとまみが合体したら、ねくに商店の末端支店長へと大進化なのだよ。名前は、りかまみなのだよ。…その沈黙は何なのだよ、なのだよ。

黄壱  …うわーぶん殴りてえー。

三津川 ……よし。我慢できた。

りかまみ 石ころの埋蔵場所は把握済みなのだよ、支払い方法はどうなのだよ。

三津川  支払いか。ガムは。

りかまみ 駄目なのだよ。りかまみは丈夫で透き通った物を希望なのだよ。

三津川  ええー?そんなの持ってないよ、

黄壱   おい。


黄壱、足元を見る。三津川も近付く。
       それぞれ、地面に置きっぱなしのジョッキを拾う。


二人  ジョッキ。

りかまみ 最高なのだよ!商談成立なのだよ!埋まってるのはこの下なのだよ!さあ、お持ち帰りなのだよ!毎度ありなのだよー!


       りかまみ、あっという間に穴を掘ってかけらを二つに袋詰め、去る。
       ぽかんとしている二人にリアが近付く。


リア  ガム食べる?

三津川 …この世界にはゆるい女しか存在しないのか。

黄壱  てめえ、よくも俺の女に、きゃいん!


       黄壱、突然倒れる。
リアはガムをかみながら出て行ってしまう。
       葦原が現れる。


葦原  おやおや、いい物を持っているじゃないか?

三津川 や、やらないぞ。お前も自分で穴掘って探して集めりゃいいじゃないか。

葦原  穴掘り?

三津川 そうだよ。

葦原  穴掘りい?!スコップ!バケツ!土!砂!泥!葉っぱ!虫!…バカーっ!!

三津川 はあ?

葦原  (何故か泣きそうな顔で)そんな事できるか!この私が!…この私があ!

三津川 知るかよ!

葦原  私はこの力を持ってかけらを手に入れるまで。さあ、覚悟したまえ。

黄壱  復活!!さがってな!(と刀を構える)

葦原  ぱーん!

黄壱  かきーん!(弾く)ふっふっふ。さあ!リア、いまのうちに早く逃げるんだ!いいや、俺の事はいい。俺は、

三津川 真っ先に逃げたよ。

黄壱  くっそーてめーのせいだ!!

葦原  何故に!

三津川 いいから相手すんなよ、取られなきゃいいだけなんだから。行こう。

黄壱  いつまで逃げるんだよ。

三津川 え…。

黄壱  分かってるか?一番現実に帰りたがってる奴が一番多くのかけらを手にする事になる。こいつは強盗を選んだんだ。何処までも追ってくるぞ。だったら どうする。

三津川  どうって…、

葦原   余所見をするな!


葦原、刀を抜き三津川に切りかかる。
思わず刀を出して受け止める三津川。


三津川 (受けたまま)ど、どうしよう。

黄壱  よおっし!戦え!

三津川 ええーっ!?

葦原  いい覚悟だ!

三津川 頑張れ自分っ!


        三人の見えない刀による立ち回りが始まる。
        オロオロして2度ほど斬られ、そのつど復活する三津川。
        二人とも次第に力が抜けていく。


三津川 何かに似てると思ったら、これゲーム画面じゃないか!

黄壱  本当だ!!

葦原  その通り!ゲーム画面だ!空間の設定は早い者勝ち!私が主導権を握った。ゲーム空間である以上、斬られればその分、ライフポイントが…減るぞお!

三津川 げっ!2回斬られてる!

黄壱  俺1回。

葦原  ライフポイントがゼロになればゲームオーバー!掛かって来るがいい!私は強いぞ!さあ!死ぬ気で戦え!

二人  やだ!逃げる!!


       二人、石の袋を持って別々に逃げる。


葦原  逃がさん!待ちなさ、ぎゃっ!


       葦原、追おうとして足元を取られて転ぶ。


葦原  どうしたんだ一体!?(気付く)これは…納豆!?…そうか、きゃつら、あらかじめトラップを仕掛けていたとは…!こしゃくな真似を! 待てー!


葦原、片足を地面にびたびたネバ付かせながら後を追って消える。

       {8}
        カイナとリアが現れる。並んで腰掛ける。

カイナ  ふうん、彼氏いるんだあ。どんな感じの人。

リア   ペパーミントガムが好き。キシリトールのちょっと冷たい感じも好き。ガム大好き。

カイナ へ…へえ。さわやかでクールな人、なのかな。

リア  粒ガムのかわいらしさもいいけど板ガムの包容力も好き。

カイナ …ちょっと個性的って言われない?

リア  個性的な味わいのガムはすぐ販売中止になるの。売るからには理由があったはず。消えて行った商品の中には良いガムだってちゃんとあるのに。ちょっ と食べただけで簡単においしくないって言っちゃうのは寂しい事だと思う。ガムの本当が見えてないだけなの。

カイナ でも、おいしくないって言っといた方が良かったりするんだよ。皆と同じ事を言っておけば、その皆が友達になってくれて、寂しくなくなる。…私それ がヤでさあ。だって私は私だもん。そしたら一人ぼっちになって、それはそれですごく嫌で。だんだん自分が汚い人間に思えて。…駄目だね。自分を汚せば汚す ほど、どこか安心してる自分がいたんだ。だから、こんな体…。

リア  ……。(ガムを食べて、更に飲み込んでいる)

カイナ あは、やっぱ、引いちゃった?いいよー、私、そういうの、もう平気だから。

リア  ほら。色んな味の粒ガム。(両手一杯差し出す)

カイナ ……?(受け取る)

リア  (自分の手の中に出して)ピンク、水色、オレンジ、緑、黒、白、黄色、もっともっと。全部色も味も違うの。好きな味も苦手な味もあるでしょ、でも 色々あってきれいでしょ。色々なくちゃ、こんなにきれいじゃないの。

       リア、両手のガムを空へ放り投げる。カイナも真似をする。
       まぶしそうに見上げるカイナ。

カイナ 本当、きれい。(落ちてくるので頭を覆って)痛っ、痛たっ…あははっ!ねえ、本当にきれいだよ、見て、地面もきれい!私、この中のどれか一個だ。 どれでも大丈夫、全部きれい。…どうして気付くのがこの場所なの。現実で気付いていたら、私、変わったの。…全部、遅いよ。

リア  遅くないよ。もっと早く早く沢山の粒ガムが出せるよ。

カイナ 大丈夫。私、もうすぐドアの向こうへ行けるんだもん。セレモニーの準備しなくちゃ。私にはまだする事がちゃんとあるんだ。ね、来て。

      カイナ、リアの手をつかんで駆け出し消える。



       {9}      
       はぐれたまま入ってくる三津川。

三津川  平坂黄壱!どこだー!いや、あいつには会わない方が。…泉彌さーん!泉彌さーん!

泉彌   呼んだ?


       ドアから出てくる泉彌。


三津川 どっから出てくるんですか!!

泉彌  暇だし、ちょっとあっちで死んでみました。いやあ見直した、いい主治医だよ。蘇生処置が迅速だ。はい、死んだー、生き返ったー!死んだー、生き 返ったー!!
(と、ドアから出たり入ったり)

三津川 ちょっとっ!やめてあげて下さいよ!

泉彌  バッハハーイ!


ドアの向こうへ引っ込む泉彌。出てこない。


三津川 え…泉彌さん…?泉彌さん!ちょっと!まさか!!

泉彌  なんちゃってーん!(出てくる)

三津川 謝れ!医療現場に謝れっ!

泉彌  怒んないでよー。

三津川 戻って来られなかったらどうすんですか。

泉彌  向こう側のドアノブさえ離さなければ大丈夫。しっかり掴んでいれば、吸い込まれないよ。僕はいわばプロ級。向こうとこっちを何度でも行き来できる 男だ。

三津川 ヒヤヒヤするんで本当やめてください。…そうだ、あの。これ、貰ったんですけど。

黄壱  ああ、セレモニーの招待状。

三津川 あの子本気ですか。

黄壱  本気も本気、もうウッキウキ。

三津川 あんなに素晴らしがっちゃって。あの世ってどんな世界なんです。

泉彌  君は帰りたい人なんだろ?それとも、行きたい人に変更するのかい?

三津川 とんでもない。どうあっても帰らないと。

泉彌  ま、普通は死にたかないもんね。

三津川 勿論そうなんですけど、それだけじゃなくて。

泉彌  大事な用事を置いてきたの。それとも、恋人?

三津川 いえ、親です。この年でこんな事いうのもアレなんですけど。

泉彌  親御さん。

三津川 彼女とは別れました。…結婚も意識してたんですけどね。いざ一人になったら、急に両親の事が気になり出して…勝手なもんです。もう2年以上会って ない。これが戻りたい理由って、変ですかね。

黄壱  ちっとも変じゃないよ。

三津川 彼女と別れた夜にヤケ酒で潰れました。泉彌さんと黄壱に夢で最初に出会ったのは、きっとその時なんでしょう。

泉彌  そうだよ。あの時は、北極だった。みんな朝になれば帰る事が出来た。

三津川 折角起きられたんだ、あの時、実家へ顔を見せに行ってれば…なんて今頃。正月くらいは帰るよとか、今までの事ごめんとか、こんなに言葉が俺の中に あるんです。でも、ここじゃ、何も伝えられない。だから、帰りたいんです。生きて帰りたい。

泉彌  そう。

三津川 寿命なんか、別に短くていいって思ってた。でも、そういうものでもないんですね。全然思い通りの人生じゃなかったのに。

泉彌  何か、なりたいものでもあった。

三津川 もっと若い頃は、それなりに。でも、全部が少しずつ何となく駄目になって行って。いつの間にかこの年齢で、ホント普通になっちゃいました。

泉彌  でも、今があるじゃない。今があるなら、うまく行ってるって事なんだよ。

三津川 そうですか?

泉彌  だってまだ生きてるじゃない。

三津川 ……。

泉彌  君はまだ命を持っていて…そうして色々考えてるじゃない。何度も言うけど気力は大事だよ。頑張れ自分だよ。うまく行ってるって心から思いなよ。そ うなってると思えば、自分で気付かなくても、本当に上手く行ってる。きっとそうなっている。

三津川 …はい。

泉彌  (後ろ向いて)…場合もある。

三津川 はい?

泉彌  君がそうなんだと思えば、きっとそうなってる。…(モゴモゴ)。

三津川  はい?

泉彌  …場合もある。ゴホゴホ。

三津川 …おい。

泉彌  物事に百パーセントなど無い!!

三津川 キレますかそこで!

泉彌  そういや少しは増えた?

三津川 かけら集め?あとどの位集めりゃいいんでしょうね。(と、腰に提げた袋を取り出す)

泉彌  こればっかりは誰にも。そういう意味で長くて根気の要る作業だ、続ける事だよ。

三津川 コツコツ石ころ集めて、いつまでも…まるで、賽の河原みたいだ。

泉彌  うまいね。

三津川 そうですかあ?…あ。賽の河原の石ころみっけ。…おお?


点々と落ちているらしく、しゃがんでかけらを拾い進む三津川。
       泉彌、驚いてポケットから薄い物を取り出すしぐさをしている。
       と、反対側から、同じ様にしゃがんでかけらを拾っている黄壱。
       三津川と黄壱、気付かないままぶつかる。
       

二人  わあっ!

黄壱  どこにいたんだよ。

三津川 そっちこそ。

黄壱  あー!ジジイ!やっと見つけた!

泉彌  (何かをポケットに戻すしぐさ)そうだ黄壱、お前もついでに参加してやってよ。

黄壱  はあ?

泉彌  ……ええっ!?


泉彌、驚愕の表情で遠くの何かを見つけ、目を凝らしている。
黄壱も同じ方向を向いて目を凝らし、対象を探す。
その隙にダッシュで去る泉彌。


黄壱  こらーっ!

三津川 熱っ!

三津川、ポケットにしまった招待状を引っ張り出す。
熱くなっている。


黄壱  …それってあの女の。

三津川 メッセージカードだよ!熱っついなあ!…あれ、これってもしかして…あぶり出しだ。

黄壱  何て?

三津川 矢印だけ。あ、動く。(とその場で回る)矢印の方向へ行けって事か。あんたもセレモニーに誘われたんだから一緒に来れば。

黄壱  セレモニーってパーティーだろ?いいじゃん、そこで何があんの?

三津川 あの子が死ぬんだ。

黄壱  ……。


       と、芦原がしゃがんでかけらを拾いながら後ろ向きに入ってくる。
       アイコンタクトでそっと後ずさる三津川と黄壱。
ありえない向きとタイミングで顔を上げる芦原。
       徹底して視界に入らないようにして逃げる二人。


          {10}
葦原、思わせぶりに立ち上がり、あさっての方向を見る。


葦原  (甲高い声で)さあ!そんな所に隠れていないで出てきなさい!…違うな。(太い声で)出てきなさい!…出ェてェ来ゥるゥのォだァァッ!ちょっと妖 怪っぽいか。(思い出すように)出て来い、出ろ、…パパの万年筆でダーツをやったのはお前だね国彦。さあ!隠れていないで出てきなさい!!ああっ!ご免な さいご免なさいパパあっ!!…これだ。この迫力だ。

      芦原、仁王立ち。

葦原  さあ!隠れていないで出てきなさい!!…かあっこいいーっ。そう!私は強い!この夢の中で最強と言ってもいい!私は最強!欲しい物は必ず手に入れ るのだ!


芦原、自分の言葉に酔いながら銃を撃つ。遠くで何かが割れる音。
手榴弾を投げる。爆発する音。ロケットを発射する音。大爆発の轟音。


葦原  どうだね諸君!!私は強い!強いのだ!!そして見るがいい、すべてを物語る、この戦利品!民衆どもから奪った朝のかけらを詰めた袋!このありえな い数を見よ!!


葦原、腰につけたかけら入りの袋を積み上げる。
腰に下げられる量の限界を無視し、うず高く積みあがっていく。
       と、通りすがる男・今輪。


今輪  マジありえねえー。多すぎー。夢だもんなー。(と通りざまに袋を一個失敬)

葦原  待ちたまえ。

今輪  こんなにあるんなら一個くらい貰ってもいいだろ。え、強盗さん。知ってるよ、人の集めたかけらを奪って回るんだってな。死に掛けてこんな所でなお 悪行かい、往生際が悪いってのは、お前みたいな奴の事を言うんだよ。

葦原  君も随分とこの袋をお持ちの様だが?それとも真面目にコツコツ拾った結果なのかな。

今輪  さあな。ただ、実を言うと俺もお前の考え方には大賛成なんだよ。


       二人、構える。


今輪  俺は強いぞ。

葦原  何故こういう時にみんな同じセリフを言うのかね。さあ!来たまえ!


       芦原と今輪、見えない武器で戦い始める。激しい応酬。
       接近戦となり、二人が激突した瞬間、暗転。

       空間、変わる。
セレモニー会場。
地面には粒ガムが敷き詰められている。

派手な音楽。招待客達、会場内を好き勝手に踊っている。
やがてそれぞれの位置に付き、飲み物を手に歓談を始める。
(なお、招待客は多ければ多いほど良い。)
ねくに商店・泉彌も招待客たちに混ざっている。
リアは立って粒ガムを撒き散らし、ガムを拾い食い、を延々繰り返している。
       
三津川と黄壱が招待状の矢印の向きを頼りに入ってくる。
        


黄壱  (三津川の招待状を覗き込んで)ここか?

三津川 多分…あ、何か踏んだ。…これ、粒ガムじゃないか。地面いっぱい!玉砂利みたいになってるよ。(足先で掘っている)

黄壱  ああっ!リアみっけー!

リア  ガム食べる?

黄壱  たべるー!


     リアのところへ行き、一緒にガムを食べ始める黄壱。


三津川 …あれ?

三津川、客の中に混ざる学生の姿に気付く。
近づこうとする三津川の腕を引っ張る泉彌、人差し指を口に当てる。


泉彌  (小声で)気づいちゃった?

三津川 あの人って、確かドアの向こうに行っちゃった学生じゃ。

泉彌  あれは僕の記憶で作った空想の産物。賑わった方が彼女喜ぶからね。

三津川 …そうですか。

黄壱  ああっ!ジジイやっぱりいやがった!てめえ散々逃げ回りやがって!

泉彌  黄壱、場所をわきまえなさい。

黄壱  なんだと?

泉彌  これはカイナちゃんの大切な儀式だよ。それにお前も招待客なんだ。無粋な真似をしたら怒るからね。…いいね?

黄壱  …わかってるよ。俺、あんたが思ってるほどバカじゃねえし。


         黄壱、そっぽを向いて離れる。
         カイナ、駆け寄ってくる。


カイナ あー!来てくれたのー?もう、遅かったじゃない!

三津川 ご、ごめん。えっと…この度は、あの…こういう場合、どう言えばいいんだろうね。

カイナ おめでとうって言って。

三津川 ……。

カイナ ね?

三津川 …おめでとう、カイナさん。

カイナ ありがとう、嬉しい。ね、見て。この人達皆、私の為に来てくれたの。すごいでしょ。

三津川 うん、よかったね。

ねくに ちょいと総合司会、さっさと仕切っとくれ。

泉彌  了解。じゃ、やるよ。

カイナ よろしく。


泉彌、中央へ。


泉彌  ご歓談のところ失礼致します。さて本日はお集まり下さいまして、ありがとうございます!ただいまより、メインセレモニー、カイナ嬢の旅立ち! ニューワールド・バーチャルツアーを開催いたします!


人々  (拍手と歓声・録音。音のない動作のみ。)

泉彌  ツアーの道案内役は、ドアの間を行き来した男・ワタクシ平坂泉彌が勤めさせて頂きます。私が確かにこの目で見た、ドアの向こうの不思議な世界をご 覧入れましょう!

人々  (拍手と歓声・録音。音のない動作のみ。)


       人々、即座に組み体操を始め、景色を担当する。
その中に入り込むカイナ、すっかりその気。


泉彌  まず、ドアをくぐります。はじめは真っ暗、でも一歩進むとそこは森の世界です。ああ、すがすがしい空気だ。マイナスイオンで癒されるう!ほら、蝶 々が飛んでいます。


      組み体操「サボテン」
一人が笛を吹いて指示、すぐに蝶の役をつとめる。


泉彌  蝶の道案内で森を抜けると、そこは清らかな小川です。おや?魚がいますよ。


一人が笛を吹く。森の役の人々、寝そべってうねり始める。
魚役が魚っぽい顔を作って泳ぎ去る。
カイナが川を渡ると、笛の音。大急ぎで次の役に付く人々。
     

泉彌  川を渡ると、おや!大きな孔雀さんがご挨拶していますよ。

組体操・「扇」の前にもう一人、手をクチバシにする。

孔雀   ご機嫌いかがクジャク。どうぞよろしクジャク。


カイナが通り過ぎると、孔雀、笛を吹く。
「扇」解除。
即座に招待客に戻り、見物している。


泉彌   そして気付けば、一面の!(三津川に)頼むよ。

三津川 た、頼むって?

泉彌  お花出して、お花!何でもいいから沢山!(来客に)一面の、お花畑が! はいっ!

三津川 出ろ!お花っ!!


三津川、空想の花を出す。一面の花畑になる。
       感心する招待客。


カイナ すごーい!一面のお花畑…あれ、でもどうしてバラとチューリップしかないの?

三津川 (泉彌に)花なんてバラとかチューリップしか知らないよ!

泉彌  しっ!はい、深く考えなーい。ここはそういう場所です!黄壱、次のお花!

黄壱  花あ!?えっと、花、花、出ろ!

カイナ あ!あっちに別のお花が…一面の、菊の花…さすが、お葬式みたいだわ。

黄壱  俺も花なんて菊しか知らねえよ!

三津川 (感心して)そっか菊があった。

泉彌  しっ!実は更に向こうにもお花畑が、ああ、今は遠いから見えませんよ。とにかく、そんな素敵な場所です。あなたはしばらくお花畑で遊んでいます。


カイナ、花畑で遊ぶ。次第に乱暴に。
楽しそうに草刈機を持って暴れ、メチャクチャに伐採。
招待客がカイナの背後にずらりと並ぶ。


泉彌  と、あなたは背後に温かい何かを感じます。さあ、振り向いて。


      カイナ、振り向く。
      招待客たち、一斉に笑顔で拍手。

招待客 おめでとう。

招待客 おめでとう。

招待客 おめでとう。

招待客 おめでとう。

ねくに おめでとう。

りかまみ おめでとうなのだよ。

リア  ガム食べる?

カイナ 私はここにいてもいいんだ!!

全員  おめでとうー!!(拍手)


音楽。全員肩を組んで歌う。
泉彌が情感たっぷりに語り始める。


全員  ウィアーザワー!ウィアーザチルドレーン!

泉彌  祝福の歌!歓喜の渦!あなたは新しき世界に迎えられ、永遠の安らぎと、幸福を得ました!全てはこのドアから始まるのです!そして今、その時がつい に訪れました。さあ!光の世界へ、オープンザドアー!

カイナ 嘘っぽいよ!!


       間。
しんとなる会場。


カイナ 嘘っぽいよ…。これって、違うんじゃないかな。だって、私、もうすぐあっちに行っちゃうんだよ。それも、泉彌さんみたいに、もう戻ったり出来ない の。自分で分かるんだもん。引っ張られてる。強引なの。私の気持ちを無視して、命令みたいになってるの。ねえ、本当に私、幸せになれるの?

泉彌  カイナちゃん、…怖いんだね。

カイナ わかんない。だって、私が望んだ事よ。この時を楽しみにしてた。元の場所を捨てて前に進もうとしているのよ。なのに、どうしてこんな気持ちになっ ちゃうの。

泉彌  物事の節目って言うのはね、いつでも不安になるもんなんだよ。誰だってそうなんだ。前を向いて進みたいんだろ?さあ、僕に何でも聞いて。不安を一 個ずつ取り除いてあげるよ。

カイナ ドアを抜けたら本当に森があるの。

泉彌  あるよ。木の枝で服を引っ掛けないように気をつけて。お気に入りだろ?

カイナ 小川もあるの。

泉彌  あるよ。靴を濡らさないようにね。

カイナ お魚は泳いでる?

泉彌  もちろん。

カイナ あんな孔雀もいるの。

泉彌  ごめんあれは面白くしようとして作った。

カイナ お花畑は。

泉彌  勿論あるよ。あんな少ない種類じゃなくて。

カイナ 学校は。

泉彌  ないよ。

カイナ 私の格好を見て嫌な顔する大人は?

泉彌  いないよ。

カイナ じゃあ、私の手首や腕の傷を見て舌打ちする大人は?

泉彌  いない。

カイナ 仲のいい振りして私のこと裏サイトに書く子は。

泉彌  いない。

カイナ ウリやってるって言い触らす子は。

泉彌  いない。

カイナ 私のこと…皆で、押さえて、写真とって、

泉彌  いない!いないんだよ!そんなやつらは一人もいない!

カイナ だけど泉彌さんもそこにはいない!寂しい時も会えないじゃない!

泉彌  じきにそっちに行くよ。

カイナ また会える?

泉彌  会えるよ。

カイナ 本当に?

泉彌  本当に。それまで時間潰しててよ、ほら、花なんか摘んでさ、こうやって。
(と草刈機で暴れるポーズ)

カイナ 約束してね。絶対だから。


       泉彌、頷く。
カイナ、ドアに引っ張られるようにあとずさる。


カイナ  時間だって。最後くらい、まっすぐ歩くね。


カイナ、背筋を伸ばして歩き出す。
ドアを開け、中へ。体を半分だけのぞかせる。


カイナ 泉彌さん、私泉彌さんの事、本当に大好き。(照れて)じゃ!またね!

泉彌  またね。


泉彌、手を振る。
カイナ、ドアを閉める。
長い間。
泉彌、中央へ。


泉彌  はいオッケーでえーっす!!

招待客達 お疲れ様でしたー!!

泉彌  (学生に)君は撤収。後の皆様、こちらです。はいどうも、はいどうも。


学生、消える。       
招待客達は、泉彌の前に並ぶ。
泉彌、懐から袋を取り出し、中のかけらをひと掴みずつ与える。
観客達、帰っていく。


ねくに あたしも帰っていいね。

泉彌  ありがとねえー、わざわざー。

ねくに ま、あの子からは多めにお代頂いてるしね。りかまみ、帰るよ。

りかまみ 了解、撤収なのだよ。

リア  ガム食べる?ガム食べる?


       ねくに商店、りかまみ、去る。
リア、りかまみにくっ付いて一緒に去る。


三津川 泉彌さん、これって一体、

泉彌  さあ、無事に終わったし。…逃げるか!

黄壱  待ちなジジイ!


        黄壱、泉彌を捕まえ、手をひねる。


泉彌  取れる取れる、手が取れるっ。じいちゃん暴力は反対だなあ。

黄壱  ふざけんな!てめえさっきからどういうつもりだ!何で俺から逃げるんだよ!!

泉彌  お前こそ何故二度も来た。

黄壱  …は。

泉彌  何故二度も来た!ここがどういう場所なのか言ってみなさい!

黄壱  ……。

泉彌  こんな所でお前にだけは会いたくなかった。


暗転。
空間が変わる。
真っ暗な中、葦原と今輪の戦う声。


葦原  たあーっ!

今輪   甘い!


明るくなる。
刀を構え対峙している葦原と今輪。
二人とも疲労している。



葦原  君、結構強いじゃないか。見くびっていたよ。

今輪   結構じゃない。すごく強いんだ。


今輪、芦原に切りかかり、追い詰める。


今輪   さあ、そろそろ、決着をつけようじゃない…、


今輪、急に動きが止まり、驚愕の表情を浮かべ、刀を落とす。
その隙を突いて切りかかる葦原。


葦原  もらった!


       今輪、斬られてその場で崩れる。
       間。


葦原  勝負あったな。私をてこずらせた事は、褒めてあげるよ。

       今輪、動かない。

葦原  …おい…?


      葦原が近付き始めてようやく今輪が立ち上がる。
      うなだれたまま。


葦原  下らない小芝居だな。夢で斬られて死ぬわけが、


      今輪、かけらの入った袋を腰から外し、地面に叩きつける。
      怪訝そうに観ている葦原。


今輪  一体…何のために俺は…こんな物…、

葦原  負け惜しみか。

今輪  時間に負けた。待ってはくれなかった…間に合わなかった。

葦原  君は何を言って、

今輪  見るがいいさ。お前の未来の姿だよ。


今輪、引っ張られるようにドアへ。
恐怖の表情、ドアを開けないよう抵抗している。
しかし、手が勝手にドアを開けてしまう。体が中へ。


今輪  たっ、助け…っ、


      ドアが閉ざされる。
      立ち尽くす葦原。
      間。


葦原  …やだよ…行かないぞ。行くもんか。ドアの向こうへなんて、絶対に。パパとママの所に帰るんだ。…僕は、…私は、かけらを集めねばならない。沢 山、沢山…、


      葦原、男が残していった袋をがむしゃらに拾い、腰につける。


葦原  これじゃ全然足りない。…かけらを、もっとかけらを、


      葦原、よろめきながら走り去る。


       {11}
泉彌、スキップで現われる。
追うようにして入ってくる黄壱。


黄壱  待てよ、待てってば!

泉彌  何の用かにょ?僕には用事なんて無いにょ。

黄壱  遺言状は何処に隠したんだ。

泉彌  バッカでえーい。黄壱ってばバッカでえーい。

黄壱  は。

泉彌  時!すでに遅し!お前は死ぬ!だから聞いても無意味ぴょーん!

黄壱  勝手にそんなこと決めんなよ。

泉彌  選んだのは黄壱じゃん。折角帰る事が出来たのに、またこっちに来たのはお前じゃん。わざわざ死にに来たのはお前じゃん。遺言状?遺産相続?僕がお 前についてどう書いたのか知りたいんだ、へえー。生きてれば、遺言状の隠し場所も中身の事も分かったかも知んないね。でもお前、僕に会うために死のうとし たんだろ?あの世にお金は持ってけないのに、黄壱ってばバッカでえーい!

黄壱  ベラベラうるせえな。あの世行き限定で話すんじゃねえよ。

泉彌  帰れるとでも?

黄壱  かけらがあるだろうが。

泉彌  ま、戻れた所で、どうせ金、金。それと酒か?ろくな生活して無いんだろう?人の気持ちも自分の命も何とも思わない。お前は一族の味噌っかすだ。変 わらないな。結局その程度の人間のままか。

黄壱  …なんだよ。親父みたいな事言うなよ。

泉彌  言われて当然だって、分からないか?

黄壱  はあ?何で?俺、人でも殺した?よそん家に押し入って強盗でもした?違うだろう?分かんないよ。俺はあんたが分かんない。だってずっと親父とは逆 だった。無茶をやっても良いし、自由にすればいいって言ってくれた。あんたは俺の味方だったじゃないか。

泉彌  ああ。じいちゃんは、どんな時もお前の味方だ。

黄壱  嘘だ。

泉彌  嘘じゃない。

黄壱  嘘だよ!だってじいちゃんはあの時助けてくれなかったじゃないか!


       間。


泉彌  黄壱。返す当ての無い借金をしたね?

黄壱  ……。

泉彌  私はお前に自由にしろと確かに言った。でも、リスクも含めての無茶と自由だって、付け加えたはずだ。覚悟を持って全部受け止め切れるなら、何をし てもいいと言ったんだ。でも、お前は分かってなかった。

黄壱  だって、利子があんなに増えるなんて思わなかったんだ。

泉彌  そうだね。お前は知らなかった。安易に考えすぎた。その後の事も。

黄壱  ……。

泉彌  …黄壱、…会社の金は、いけない。

黄壱  ……だって、儲けじゃん。会社ったって、要は俺んちの儲けじゃん。

泉彌  バッカでえーい!(黄壱の頭をはたく)…いいかい?それだけは許されない事なんだよ。会社の金だけは、手をつけちゃいけない。あれは我々の金じゃ ない。会社の維持、働いてくれる従業員の給料、取引先、皆のためのお金だからね。…分かるよね?

黄壱  ……。(小さく頷く)

泉彌  私はお前の味方だが、お前の父さんが勘当を決めた事を間違いだとも思っていない。私は味方だ。しかし、お前は飛び出したきり訪ねてもくれなかっ た。これでは何もしてやれない。こうして五年ぶりにお前と話が出来た事は嬉しいよ。だが、ここは一体どこだ?…黄壱、


泉彌、黄壱の頭を撫でる。


泉彌  …黄壱…、じいちゃんをこれ以上悲しませるな。

黄壱  …ごめん…じいちゃん、ごめん…。


黄壱、うつむいたまま顔を上げられない。
と、リアが隠れてじっと見ている。
泉彌、手招き。


泉彌  おいで。こっからは彼女の役目。


       おずおずと入ってくるリア。黄壱に近づく。


リア  ガム食べる?

黄壱  (べそをかきながら)うん。

リア  ガム食べてお散歩しよ。ガムおいしいよ。

泉彌  いっといで。


       黄壱の背中を叩く泉彌。歩き出す二人。


リア  好き?

黄壱  うん。

リア  リアとガムとどっちが好き?

黄壱  リア。

リア  (むくれる)

黄壱  ええっ!?…ガ、ガム。

リア  嬉しい!リアもね、ガムが大好き!!

黄壱  そ、そっかー…。


二人、去る。
リア、去り際に振り返り泉彌を見る。
       ものを言いたそうにするが、結局無言で出て行く。


泉彌   あの子から…黄壱から、光の世界を取り上げないでください…神様…。


          三津川、物陰から手を上げる。


三津川 すいませーん!もういいですかー!

泉彌  隠れなくてもいいのに。

三津川 話が立ち入った事になりそうだったんで。

泉彌  悪いねえー、気い使わせちゃったねー。

三津川 …帰りたいなあ。光の世界を取り上げられるなんて、俺だって真っ平ごめんですよ。

泉彌  そうだね。

三津川 (ふいに)ドアの向こうのあの景色、嘘ですね?

泉彌  いやー、ちょっと作りすぎちゃったかな。よろしクジャク!みたいな。

三津川 泉彌さん。…全部嘘ですね?

泉彌  ん?

三津川 光の世界を取られたら、俺達何処へ行くんですかね?泉彌さんは見たんでしょう?

泉彌  ふうん、勘が鋭いほう?

三津川 確かにここは変な場所だけど、でも変な場所なりのルールっていうか、秩序があるんじゃないかと思って。泉彌さん、あんた見てると何かが腑に落ちな いんですよ。

泉彌  聞いてメリットあると思う。

三津川 全然。でも気付いちゃったんです。泉彌さん…一体向こう側には何があるんですか。

泉彌  無いよー。

三津川 森も、川も、花畑も。

泉彌  ううん、ただ無いの。なあんにも無い。

三津川 え。

泉彌  光も音も暑さも寒さも風も匂いも、不幸も苦痛も悲しみも怒りも幸福も楽しみも喜びも微笑みも、魂も心も…ナッスィーング!(と両手を挙げてみせ る)僕は向こう側のドアノブを握っていた。あっちにあったのはその手の中の感覚だけ。他には何も無い。

三津川 ……。

泉彌  ついでに言うなら、僕は自力でドアを行き来してたんじゃないよ。何度向こうに行きかけても、毎回まだその時期じゃなかったってだけ。戻って来られ て良かったのか悪かったのか。あんなもの見ちゃったんだから。…アーユー理解?

三津川 ドゥーユー理解です。…つまり?向こうはただの無である、と。向こうに行けば全部消える、と。

泉彌  ま、ぶっちゃけそう。

三津川 ……ぶっちゃけにも、程があるよ…。

三津川、座り込む。
間。


泉彌  そりゃ、ヘコむよね。でもさ、向こうに行った場合を考えるから、落ち込むんだよ。まだ、朝のかけらがある。成すすべが無い訳じゃないんだからさ。

三津川 あの子が向こうに行きたがったからって何もあんな嘘を。他の人達にまで信じさせて。

泉彌  怖がらせてどうするの。彼女はどの道手遅れだったんだ。それに皆だってもしもの時の希望を持てるでしょ?

三津川 だからって。

泉彌  三津川君。カイナちゃんは笑っていたよ。勇気も持った。今度こそちゃんとやり直そうって、前向きにドアをくぐったんだ。

三津川 それでもあの子は消えてしまった。

泉彌  死んだからね。

三津川 ……。

泉彌  どうせ枯れる花束でも、貰ったら少なくともその瞬間は幸せじゃないか。僕は彼女の餞別に花束をいっぱい持たせてやった。彼女は喜んで旅立った。消 えたかもしれないけど彼女は最後に幸せだった。それでいいじゃないか。

三津川 泉彌さん、あんた間違ってます。分かんないけど、何か、そんなのって絶対違う。

泉彌  正しいか間違ってるかなんてもう飛び越えてるんだよ。

三津川 どうしてそんな事。

泉彌  命を手放せば全て消えるんだよ。

三津川 ……。

泉彌  姿も心も、幸せも不幸も、全部生きている人間だけのものだ。向こうへは持って行けない。僕が花束を渡したのは、あの時彼女はこちら側でまだちゃん と生きていて、笑いたいと願っていたから。僕は彼女が命を手放す最後の瞬間に、笑顔でいさせてやりたい。そう思ったんだよ。

三津川 だけど、あの子が信じた事は全部嘘じゃないですか。

泉彌  うん、嘘だね。そして、この界隈でドアの向こう側を見た人は僕以外いない。仮に現実に戻れればもういいだろうし、ドアの向こう行きなら全部消え ちゃう。だから、誰にもバレないぴょーん。

三津川  !


三津川、泉彌に掴みかかる。


泉彌  その怒りも、生きているからこそだよ。


間。
泉彌から手を離す三津川。


三津川 …でも、やっぱり俺は違うと思う、間違ってると思うんです。

泉彌  そりゃ、君の正義だね。いいんじゃない?

三津川 …泉彌さん…、自分でドアを行き来したんじゃないなら、あんたはこれからどうなっちゃうんですか。

泉彌  こっちに居るなら生きてるってこと。こんな場所で人の心配しなくていいんだよ。

三津川 心配しますよ。俺は帰りたい人です。目の前で誰かがドアをくぐるのは見たくない。


      突如南極の住人達(招待客)の悲鳴が響く。


住人の声  わああっ!

葦原   逃げても無駄だ!

住人たちが逃げ込んでくる。
追って入る葦原、住人たちを襲う。
一人ずつ倒してはかけらを奪っていく。
かけらを取り戻そうとすがっている住人を足蹴にする葦原。


三津川 葦原!!

       
       三津川、葦原を止める。
       葦原、銃を構える。撃った弾丸を刀ではじく三津川。
       住人たちを助け起こして逃がし始める泉彌。


葦原  獲物が増えたな。

三津川 いい加減にしろよ。お前、やってる事自分で分かってんのか?

葦原  勿論。それが?


       三津川に切りかかる葦原。受ける三津川。


三津川 そんなに現実に帰りたいんだ。でも連中も同じだろ。皆帰りたいんだよ。

葦原  で?彼らが死のうが生きようが私には関係のない事だが。

三津川 そうかよ。じゃあ俺もお前を子供だと思うのやめるよ。かわいそうな子供だってな。

葦原  かわいそうって言うな…かわいそうって言うなあ!!


葦原、切りかかる。
三津川、応戦。泉彌も加わる。


葦原  どうして…何故私なんだ!こんなの納得できるものか!私は帰る!必ず帰るんだ!


全員が相手に何度か斬られ、泥仕合の様相を見せ始める。
次第に劣勢になっていく葦原。
ついに倒れこむ。息切れして動けない。


三津川 お前の言う所のライフポイントがゼロになったな。

葦原  ひ、卑怯だぞ、二人がかりで。

三津川 卑怯だって?お前なあ!

葦原  うえーん!お兄ちゃん怖いー!
 
三津川 (焦って)え、ちょっと、


      葦原、すばやく銃を出し、撃つ。二人とも倒れる。


二人  きゃいん!

葦原  泣きまねは子供の専売特許!これで何人の大人を騙したことか!甘いねえ。


葦原、三津川に近づき袋を奪おうとする。
跳ね起きて葦原を捕まえる泉彌。


泉彌  つーかまえたっ!

三津川 さあ!くすぐられたいか、つねられたいか、どっちだ!!

葦原  そんな2択があるか!

三津川 よしわかった、じゃあウメボシをくらえ!

葦原  痛い痛い痛い!う、訴えるぞ!私の父は弁護士だっ!

三津川 こんな訴訟は成立しないなあ!夢だからなー!

葦原  痛い痛いっ!わ、私の負けだ!だから、やめてくれ!やめてっ、


       べそをかき始める葦原。
泉彌、葦原を放す。
すかさず攻撃しようとする葦原に刀を突きつける三津川。


葦原  …わかった、今度こそ私の負けだ。さあ、かけらを奪うがいい。あの…全部はやめて?

三津川 奪わない。

葦原  え。

三津川 葦原、安心しろ、何も奪わない。

葦原  …舐められたものだ。もう一度戦ってやってもいいんだぞ。


三津川、自分のかけらの袋を差し出す。


葦原  何の真似だ。

三津川 やるよ。俺もお前から何も奪われたりしない。…お前さ、もう人から何も取るなよ。

葦原  ……。

三津川 これは朝だ。お前にとっての大事な拠り所だろ。いつになるか分からない朝だから、皆だって、一粒ずつ集めて…祈りみたいにさ。今のお前はそんな人 達の祈りと拠り所を奪っているんだ。わかる?

葦原  私はただ帰りたい。そう望むのが何故いけない?

三津川 じゃあ帰った時お父さんに何て言うんだ。胸張って報告できる?それとも隠すのか?


葦原、三津川の手から袋をもぎ取り、走り去る。


泉彌  …あげちゃってよかったのかい?

三津川 どうせその辺に転がってますから。

泉彌  そう。


黄壱が駆け込んでくる。


黄壱  なあ、なあ!リア見なかったか?

泉彌  一緒に散歩してたじゃない?

黄壱  急に走り出して、いなくなった。

三津川 そんなのいつもの気まぐれだろ。

黄壱  違うんだ!今度は違う。分かるんだよ!

三津川 別にいいじゃん、あんたの空想で出来てるんだし、また出せば?

黄壱  あいつは俺の心の中のリアの全部だ!そんな真似できるか!…そうだ!
 

黄壱、背中やポケットに手を入れる。


黄壱  ここに来た理由!テキーラ!バスタオル!サ、ウ、ナあーー!


黄壱、「ここに来た理由」を引っ張り出す。
サウナが置かれ、地響き。


三津川 うおっ!すげー…。

泉彌  お前…それが理由って普通死ぬよ!?

三津川 黙ってろ!おーい!ねくに商店!ねくに商店!出てこーい!

ねくに はいなー!お待たせー!


       ねくに、現れる。
しげしげとサウナを品定め。


ねくに へえー、ヒノキだ。随分といいものをお持ちだねえ。これで何を買いたいんだい?

黄壱  リアを探して呼び戻してくれ。これ全部で払うから。

ねくに …んー?…んー。もう順番だからねえ。

黄壱  は?

ねくに (「理由」を黄壱に戻しながら)無理だね、同じリアは無理。自分で新しいの出しなよ。

黄壱  何だと。

ねくに ちょうど良かったよ、兄さん、あんたに用があったんだ。ほら届け物だよ。


        ねくに、自分のカバンから映写機とスクリーンを引っ張り出す。
        スクリーンは大きく広げ空間に貼り付ける。


三津川 映写機。

ねくに 野外シアターさ。中々お目にかかれないよ。こんな依頼、相当値が張るからね。

黄壱  俺にこれを?誰が。

ねくに あんたの探し人さ。これを届けてくれって。

黄壱  え…。

ねくに これを届けるための代金、ガムじゃ足りないから、あの子自分自身の存在を支払いに当てたよ。泣かせるねえ。

黄壱  おい…おい!ちょっと待て!

ねくに 聞きな。これはあの子なりの思いやりだ。せめて素直に受け取ったらどうだい。

黄壱  だから、意味が分からないって、

ねくに そんじゃ始めるよ、照明落としとくれー!


照明が落ちて真っ暗になる。
映写機の回る音が響き始める。

明るくなる。
スクリーンを張ったとされる空間に現実の様子。
病院のベッドに黄壱が横たわっている。(ただし顔は見えない)
そばには病床を見つめている現実のリア。
夢の側の黄壱は少し離れた形で見ている。


黄壱  リア…?…もしかして、あそこで寝てるの、まさか、

ねくに そう、あんたさ。これは現実のあんたを映す映写機だ。よく見ておきな。

リア  黄壱…お願い。起きて、返事して。

黄壱  リア!俺はここだ!

泉彌  聞こえないよ。それに、お前は本当はあそこにいるんだ。

リア  どうして無茶ばっかりするの?もし黄壱が死んじゃったら、リア、どうすればいいの?ねえ神様、そこにいるならリアのお願い聞いて。黄壱の命、助け て。もし助けてくれたら、リア、約束するよ…もうガムをやめる!一生ガム食べない!絶対誓う!

黄壱  リア…!!あのリアが、ガムよりも俺の事を…!

リア  黄壱、お願い、起きて、私を見て…お願い…。

黄壱  リア…どうしちゃったんだよ。泣くなよ。…いいんだよ?お前は、ずっとガム噛んで笑ってればそれでいいんだ。リア、頼むよ、だからもう泣くな。俺 なんかの為に泣くなよ…!

黄壱、手を伸ばす。
現実の黄壱の手がピクリと動く。リア、気付いて手を握る。
驚いて自分の手を見る黄壱。


リア  黄壱!黄壱!聞こえる?リアだよ!起きて!

黄壱  分かる…リアの手だ!リアが俺の手を握っている!…リア、俺だよ…分かるか?


       黄壱、リアを見つめながら手をゆっくり握り返す。
       現実の黄壱の手もリアの手を握る。
       リア、黄壱の手を自分の頬へ。


リア  黄壱…。リアはここだよ、帰ってきて。


スクリーンが暗くなり始め、現実の時間が止まる。
       黄壱、徐々にドアと反対方向へと引っ張られ始める。


黄壱  お、…俺!?

三津川 良かったな。

泉彌  帰れるんだよ、黄壱。

黄壱  ジジイ!…じいちゃん!本当は遺言状どうでもいいから!俺、ただじいちゃんに、

泉彌  知ってたよ。

黄壱  二人とも戻って来いよ!

三津川 ああ。

黄壱  じいちゃん、俺、会いに行くから。入院中だろ、病院どこ!?

泉彌  内緒だよ。お前のお父さんに聞きなさい。

黄壱  無理だよ、親父になんて会えねえよ!

泉彌  あらー、残念。

黄壱  だって、今更どんな顔して会えば、うわっ、ちょっとっ!?じ、じいちゃん!

泉彌  黄壱、達者で。


現実へと引っ張り込まれる黄壱。
真っ暗になる。
映写機の音が残り、しばし続く。
やがて音が止まり、明るくなる。


       {12}
       時間が巻き戻される。3ヶ月前の北極。
       三津川・泉彌、並んでいる。


三津川 へえー、夢、ねえ。ここが北極なら、他に南極とかもあるんですかね?

泉彌  さあ。でも北極がある以上、やっぱりあるんじゃないかな。

三津川 南極って、ここと逆だったりして。例えば、ドアを抜けるとそこは現実じゃなくて、あの世だったり。

泉彌  怖い事考えるね。

三津川 いつか行く事になるんでしょうか、南極。

泉彌  もしあっちがあの世行きなら、いつかはそうかな。

三津川 あの、さっきの話…俺と同じくらいのお孫さんの話。

泉彌  ほんの世間話のつもりだったんだ、忘れてよ。

三津川 どう言えばいいのかな…、最近思うんですよ。時間が無限じゃないって、いい加減、身に染みて来たっていうか。親しい人でも、「また今度」て言った きり、中々会えない事っていっぱいあって。本当にそれっきりの人もいるし。

泉彌  私らの年になっても同じだよ。しかも死に別れ。…笑えないね。

三津川 もしずっとその人が気に掛かるなら、機会を逃して本当に会えなくなっちゃう前に、何か出来たらいいんですけどね。会いに行けないなら、例えば、手 紙とか…。って、それがなかなか難しいんですけど。

泉彌  …機会を逃す前に、ね。確かに、君の言うとおりだ。…そうか。


         明かり、変わる。
         時間がもとに戻る。


泉彌  あのあと黄壱が迷い込んできたっけ。僕が誰なのか知った時のあの顔!!可笑しかったなあ。やっぱ、じいちゃんがここまで若作りすると気付かないも んだね。

三津川 ……。

泉彌  君のおかげだよ。あの時の君の言葉で、戻ってから遺言状を書く事が出来た。

三津川 やめてくださいよ。本当に覚えてないんです。

泉彌  少なくとも君は、人一人の心を動かす力があるんだ。感謝するよ。…ああ、これ。


         泉彌、地面に落ちていた袋を拾う。


泉彌  朝のかけら入りの袋。黄壱が現実へ帰る時に落としていったんだ。貰ったら。

三津川 (首を振る)

泉彌  (袋を放る)あらら、これもお見通しっと。

三津川 そりゃもう。…ここの人をどれだけ巻き込めば気が済むんです。あの石ころのせいで葦原なんて立派な強盗になっちゃったんですよ。

泉彌  葦原少年は初めにここが何処なのかを知った時、闇雲におびえていたよ。それがどう?かけらの事を聞いた途端、ここで生きる目標が出来た。困る位に 元気になってさ。

三津川 ドアの向こうの世界観と同じって事?この嘘もばれない訳だ。

泉彌  全部分かってたのに、どうして少年にお説教したの?君の考えでは、そんなの無意味な事なんじゃない?
 
三津川 例え石ころでも人が大事にしてる物を取っちゃダメでしょ?俺、頭来たんですよ。
 
泉彌  はは、なるほど、正しいよ。

三津川 …あんたの嘘、俺が言い触らす事も出来るんですよ。

泉彌  私の嘘は、ここに来るみんなの希望にゆだねる。三津川君、このシステムは、とっくに私の手を離れたんだよ。君、わざわざ壊して回れるのかい?

三津川 …勝手ですね…わかりましたよ。でも俺、泉彌さんはそれでもやっぱり間違ってると思ってますから。

泉彌  そっか。

住人  うわあーっ!


住人達、逃げ込んで通り過ぎる。
       追って入る葦原。


葦原  さあ!おとなしくかけらを全部出しなさい!

三津川 またあいつ…!葦原ーっ!

葦原  邪魔するか!


葦原、三津川に切りかかる。
三津川、受ける。が、気付いてふいに手を下ろす。
葦原が力を抜いて落ちている袋を見ている。


葦原  かけら…。


       葦原、飛びつくように袋を拾う。
       袋の口がほころびて中身が少し出る。
       這いつくばって集める葦原。


葦原  何を見ている。見るな!これは私のものだ!

三津川 お前なあ、そりゃ、欲しいならやるけどさ、

葦原  これも私のだ!これも、これも、見ろ、このありえない数!このすべてが、最強の私が手に入れた朝のかけらの山だ!


       葦原、袋を腰から外す。
うずたかく積みあがっていく袋。


葦原  どうだ!驚いたか!羨ましいか!妬ましいか!私はこれ程までにかけらを持っているのだ!まるで大富豪だ!はあっはっはっは!

     葦原、大笑いしながら袋の山を蹴り崩す。
     やがて、息を切らしてうつむく葦原。

葦原  …なのに、どうして…?こんなに集めたのに、まだ足りないみたい。僕もうすぐ行かなきゃいけないみたい。…間に合わなかった!!

三津川 …え、

葦原  時間が来ちゃった!間に合わなかったんだ!ドアをくぐれって命令された!


葦原、三津川にしがみつく。


葦原  ごめんね、ごめんね、僕一杯いじめた。でも、他にどうする?かけらを集めるしか無いじゃん。帰りたいもん。絶対帰りたいもん!僕ね、今まで頑張っ たんだよ?注射も点滴も平気だよ。痛い事も、苦しい事も全部我慢した。あんまり泣かないようにもしたよ!パパもママも僕のこといい子だって!いい子だから 絶対治るって!なのに、どうして?ねえ、どうして?

三津川 葦原…、

葦原  外で遊びたかったよ。友達といっぱい!いっぱい!…穴掘り!スコップ!土!砂!泥!葉っぱ!虫!遊びたかったんだ!助けて…僕死んじゃう…嫌だ よ!怖いよ…!


     おびえる葦原。
     間。
     三津川、うずくまる葦原を起こしてやる。


三津川 葦原、下の名前は?

葦原  …国彦。

三津川 国彦さあ、ビビリすぎ。ダッセえな。

葦原  ……なんだよ。

三津川 あ、そっか、知らないのか。この人ね、ドアの向こうを行ったり来たりした人。聞いた話じゃ、向こうなんて楽勝だよ。なあんだ、お前、知らなかった んだ。

葦原  そうなの?

三津川 うん。えっとねー、まず、ドアをくぐって一歩進むだろ。そうすると森があって、蝶々とかいて。虫、好き?

葦原  好き。

三津川 じゃあ丁度いいな。で、川があって、魚とかいんの。これ要チェックな。すっげー変な顔して泳いでるから。次に、でかい孔雀がいて、日本語しゃべん の。「ご機嫌いかがクジャク。どうぞよろしクジャク。」とか。

葦原  嘘だあ。

三津川 ごめん今のは面白くしようとして作った。でね、次に、よし、…待ってて。(と念じる)この先に、超デカイ花畑があるんだ。ほら、見えるか?うんと 向こうまで、ずうっと花!!すごいだろ!

葦原  すげー!…でも、どうしてバラとチューリップと菊しかないの?

三津川 はい!難しく考えない!…でね。上見てみ?ほら、とってもいい天気だろ。空なんて真っ青でさ、白い雲が二つほど。風がそーっと吹いて、気持ちよく て、空気がどこまでも澄み渡ってて。遠い、遠い青色が、どこまでも遠くまで。

葦原  お薬のにおいがしない場所だ。…でも、誰もいないよ。

三津川 慌てんなって。花畑の向こうには、国彦と同じくらいの子供が一杯いるんだ。皆お前と遊びたがってる。だから一人ぼっちじゃない。

葦原  ほんとに?でも、パパとママは?

三津川 来るよ。遊び疲れた頃に会いに来る。寂しがる暇なんて無いよ。

葦原  …信じていいの。

三津川 ああ。もちろん。

葦原  絶対?

三津川 絶対。…まだ怖い?

葦原  あんまり怖くない、かも。

三津川 ダッセエな、余裕で怖くないって言えよ。ほら、でかい声だしてみな!

葦原  怖くない。

三津川 もっと!

葦原  怖くない!怖くない!

三津川 余裕!!

葦原  余裕!!

三津川 出来るじゃん。


       葦原、ドアへ引っ張られる。
       一瞬不安そうな表情をする。


三津川 余裕だろ?

葦原  あのさ、お前、(思い直して)…向こうゲーム機ってあるっけ?

三津川 あるよ。

葦原  ならいいんだ。じゃな。えっと、…あの、お前さ、その、

三津川 そのうち会いに行ってやるよ。また遊ぼうな、国彦。

葦原  …うん!


葦原、まっすぐドアへ。
       振り返らずに入って行く。
ドアが閉まる。

三津川、崩れるように座りこむ。
    

三津川  ……こうするしかなかった…!…俺…他に何も出来なかった…!

間。

泉彌  言わせて、すまなかったな。

三津川 …謝らないで下さい。

泉彌  君の見せた空、本当にきれいだったよ。…もしかしたら君の言葉こそ、真実なのかもしれないね。

三津川 …え…。

泉彌  世界とは心の中にあるのだと、ある人が言った。君の心が作ったあの世界にならば、私も行ってみたい気がする。君が見たあの場所は本当にあるんだっ て、思っててくれるかな。そうすれば、

三津川 そうすれば…、そうなんだって思っていれば、本当にそうなっている…?

泉彌  (おどけて)場合もある。…あんな乏しい花の種類はカンベンだけどね。


二人、小さく笑う。


泉彌  そうか…ああいう空のある場所を作りたかったんだな。

三津川 はい?

泉彌  …まだ小さかったなあ。疎開先で見たよ。山のふもとの町が赤あく燃えていてね…。空のうんと上まで真っ赤で。おかしな話だけど、あんまり綺麗で見 とれていたんだよ。あそこには沢山の命があったのに、それでもなお美しいと感じた。何だか逆説的だね。

三津川 ……。

泉彌  うちは建設関係の会社でね。ま、私ゃ成り上がりだよ。ずうっと町を作ってきたな。作っても作っても、失われて行くものをただ見ていた、あの日の赤 い景色は色あせてくれなかった…。私なりの精一杯だったんだけどね。だが、ここまで来たんだ、もう悔いは無いよ。…三津川君、息子もうるさがりそうな話な のに、黙って聞いてくれて、ありがとう。


       泉彌、ドアに向かってゆっくり歩き出す。


三津川  …どこ行くんですか…まだ、駄目ですよ…急すぎます。

泉彌  こうしていると、こんな瞬間だからこそ、つくづく感じるよ。…生きてるってのは、いいねえ。

三津川 泉彌さん、黄壱が待ってますよ!だから待って、

泉彌  三津川君、命をしっかり掴んで。必ず生きて帰りなさい。約束だよ。

三津川 泉彌さん!

泉彌  今まで楽しかった。ありがとう。


     泉彌、ドアの中へ。ドアが閉まる。


三津川 …そんな、待って…行っちゃ駄目だ!泉彌さん!泉彌さーん!!

泉彌  うるさーい!!耳が壊れるわーっ!

ドアが開く。

三津川 こらあーっ!

泉彌  あのさ、箱根土産なんかのからくり箱ってあるでしょ。ほら、頭使わないと蓋が開かない仕組みの奴。大き目のがうちにあるんだよ。

三津川 はい?

泉彌  私と黄壱しかあの箱開けられないの。昔あいつの自分の部屋だったとこの、押入れにあるんだけど、遺言状その箱ん中だから、この事、黄壱に言っとい てね。よろしくう!


      ドアが閉まる。
      間。
      ねくに、現れる。


ねくに 行ったね。

三津川 ……え。

ねくに やっと向こうのドアノブから手を離したんだ。あっけないもんさ。あの人らしいよ。

       間。

三津川 …俺…、帰らなきゃ…。頼まれたんだ…黄壱に会わないと。

ねくに  祈りな。

三津川  こんな所で、何に。

ねくに  自分自身にさ。全てはあんた次第だ。

三津川  …頑張れ、自分。

ねくに  何だいそれ。

三津川  泉彌さんが、この言葉が一番利くって。

ねくに  …そうかい、じゃ、間違いないね。

三津川  頑張れ、自分。頑張れ、自分。

      三津川、言葉を続ける。絶叫。

三津川  頑張れ!自分!!頑張れ!自分!!頑張れ!自分!!


      突如明かりが薄暗がりになる。
      目を閉じ、体を抱くように立つ三津川。


三津川 息が、苦しい。体中がきしんでいる。…重い…体が鉛の様だ。動けない。ただ痛い…ただ、苦しい。涙が勝手に流れ出す。涙が止まらない。これが、生 きているものの痛みだ。命を持つものの苦しみだ。…光が差す。白い場所だ、俺は、命を掴んでいる…?…ここで生きている。俺は、生きている。…涙が、止ま らない。


暗転。


       {最終章}
病院。外のベンチに腰掛ける二人。
三津川はサンダル履きにパジャマ姿。
タバコをくわえる黄壱。ライターを探す。


三津川 ここ禁煙だよ。

黄壱  何で?外じゃん。

三津川 外でも病院の敷地内は禁煙。

黄壱  けっ。

三津川 泉彌さんの事、病院でちゃんと見取ってあげられたんだね…。ヘンな言い方だけど、良かったじゃないか。

黄壱  フン。

間。

黄壱  遺言状さあ、たいした事書いてなかったよ。配分も普通。面白くもねえ。…親父宛の文面に、もう俺を許してやれ、だって。俺宛には、たまには家に帰 れ、だと。余計な事を書きやがる。

三津川 父親とは話せたんだろ。どうするの。

黄壱  わかんね。急に何もかも変えるなんて、無理だからな。

三津川 そう。

黄壱  …俺さあ、リアにプロポーズしようと思うんだ。

三津川 なんだよ、唐突だな。

黄壱  そして、もしOKをもらったら、…俺は仕事を探す!!

三津川 逆!それ順序逆!

黄壱  金が要るんだよ、働かなきゃな!秋にはガキが生まれるからさ。コレがコレモンで。

三津川 …ああ、なんかもう順番が自由すぎる…。

黄壱  周りのやり方は知らねえ。俺は、俺なりの。…上手く行くさ。少しずつ、一個ずつ、何かが良くなっていくんだ。

三津川 そうなんだと思えば、いつか本当にそうなってる。

黄壱  は。

三津川 …場合もある。

黄壱  何だそりゃ。……ああっ、昼は眩しいなあもう!俺、夜行性なんだよ。


黄壱、かったるそうに空を見上げる。


黄壱  太陽!そよ風!青い空!しかも、白い雲二つ!ちくしょう爽やかだ!…俺って青空の下が、つくづく似合わねえなあ。


三津川も空を見上げる。


三津川 …青くて、遠いな。

黄壱  あそこかな。

三津川 え。

黄壱  …ジジイ。

三津川 …あそこ、か。

黄壱  ここにいる俺らのこと、見てるかな。


      間。


三津川 ああ。…そう思うよ。


       音楽。

       明るい光の中、いつまでも空を見上げている二人。


                             =END=






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